――当時、何のつてもなかったわけですよね? 普通は、まずは東京でと考えるんじゃないですか?

ヤギ 普通はそうですよね。

――それは、考えなかったんですか?

ヤギ 考えなかったですね。僕の場合、いつもそうなんですけど、ゴールが見えたらあとは一本道なんですよね。あれこれ選択肢を考えない。まぁ、あんまり頭がよくないんでしょうね(笑)。

 レコーディングエンジニアになりたいけど、なり方がわからないから、現役のレコーディングエンジニアにメールを送って直接聞く。その人にいい大学を勧められたから、そこに行きたい。そのためには偏差値をこれだけ上げなければいけない。だから予備校に通う。高校時代の夢をつかむために、アメリカに行く。こんな感じで、ああだこうだ考えない。

 だから、周りの人間が言うような「すごい行動力だ」という実感は、自分ではあまりないですね。これしか選択肢がないから、やるだけで。この道が難しかろうが何だろうが、進むしかないわけです。難しい道でも、その先にキラキラしたゴールが見えるから、ひたすら進む。それだけですね。

デヴィッド・ボウイの音源は、なぜ音程が外れているのか?

――なるほど。でも、あれこれ考え過ぎるよりも、本当はそれが正しいのかもしれませんね。ところで、レコーディングエンジニアは、どのようなものなのしょうか?

ヤギ 一言でいうと、「ミュージシャンのパフォーマンスを最大限に引き出す仕事」です。歌を歌い、演奏をするミュージシャンと、それを売り出すプロデューサーとの間に立ち、いい音楽をレコードに残す。それが仕事です。

 一例を挙げると……カラオケでも、マイクにぎりぎりまで近づいて歌うのと、マイクから口元を離して歌うのとでは、声の音質が変わってきますよね。レコーディングでももちろん、同じことが起きます。このとき、マイクとどれくらいの距離を保って歌うのがベストなのか。どのような特性のあるマイクを使うと、ミュージシャンとプロデューサーが理想とする音楽ができるのか。それを見極め、指示を出していったりします。

 たとえばロックならば、曲の中で叫ぶことが多いだろうから、「マイクからもう15センチ離れたほうが、イメージした音に近づくよ」などとミュージシャンに指示を出したりします。

 ミュージシャンが歌い終わった後にも、エコーを足したりとか、まあ技術的に細かな仕事はいろいろとありますが……大まかにいえばレコーディングエンジニアとは、つくる音楽のビジョンをミュージシャンやプロデューサーと共有して、ミュージシャンのパフォーマンスを引き出し、それをアーカイヴするのが仕事ですね。