集会が終わり、学生らが三々五々散って行く中、祝平と李傑が近寄って来た。
「ありがとう伊藤君。君の話は、本当に興味深かったよ」
祝平が隆嗣に礼を述べる横で、李傑が立芳の肩に手を置いて不満を口にしている。
「立芳、君は積極的に意見することをやめてしまったね。運動への情熱が冷めたのかい?」
「そんなことはないわ。私の考えは、あなたも理解してくれていると思っていたけど」
そこへ、建平の明るい声が加わった。
「ハハハ、立芳は伊藤君に夢中で、現在思考停止状態さ」
もちろん責めているのではなく、からかう口調だ。
「あなたまでそんなことを言うの」
立芳が怒ってみせる。
「冗談だよ。でも、伊藤君に有望な女性運動家を日本へ拉致されそうなのは間違いないな」
隆嗣と立芳は互いに見つめ合って返答に窮した。
「あ、そうだ。頼まれていた物を持って来たよ、建平」
隆嗣が、話を逸らすためにダウンジャケットからカセットテープを取り出した。
「ローリングストーンズかい。ありがとう、聴きたかったんだ。でも、テープ1本じゃ立芳女史の身代金には安すぎるな」
そう軽口を叩きながら、建平は嬉しそうに受け取った。それは86年にリリースされたアルバム、『ダーティーワーク』だった。
「それにしても、日本人というのは幸せなんだな」
先鋭的な李傑が、皮肉とも取れる言葉を隆嗣に向けてきた。
「自分のことで頭がいっぱいなんだよ、今の日本人は。社会や政治に脳味噌を使う余裕がないんだ」
弱々しい声でしか返せない隆嗣だったが、更に踏み込んできたのは立芳だった。
「自分の祖国の有り様を考えようとしないなんて、信じられないわ」
「そうだね……」隆嗣は、それ以上の言葉を見出すことが出来なかった。