突然の指名に、どうしたらよいのか判らず混乱した隆嗣は、傍らの立芳へ救いを求める目を向けた。すると立芳は、隆嗣の背中を軽く叩いて微笑み返す。
「伊藤君、何でもいい、君の率直な感想で構わないから、話してくれないか」
祝平からも促されて、しばし躊躇いを続けていた隆嗣が口を開いた。間違いのないようにゆっくりとした中国語で話す。
「僕は中国人ではないので、いい加減な気持ちで中国の政治や体制について語る資格はないと思う。だから、日本の話をしようと思います……。
日本でも、学生運動というものが盛んに行われた時期があったそうです。それは、僕が生まれる前と生まれてすぐの頃に起きました。60年安保闘争、70年安保闘争と呼ばれ、日本とアメリカの安全保障条約に反対する左翼系の学生がデモを行い、一部では過激な活動をしていたそうです……。残念ながら、そのデモの中で亡くなった学生もいました」
何を話し出すのかと好奇の目で見る者や、日本人の話を聞かされるのに嫌な顔をしている学生もいたが、「デモで亡くなった学生」という言葉には、皆一様に動揺したようだ。
「反権威主義とか、新左翼とか、それに全学連などといった言葉が日本中に溢れていたそうですが、その当時の学生が一体何を考え、どのように行動したのかは知りません。
もし、今現在の日本で、たとえば僕が日本で通っている大学で、反権威主義だの反政府デモだのと言い出したら、間違いなく変人と思われて、友達の一人も出来ないでしょう。僕でも、周りにそんな人間がいたら気持ち悪くて近づかないでしょうね」
「それは、今の日本人がみんな満足しているからじゃないのか? 体制にも、経済にも」
学生の一人が声を挟む。隆嗣は、少し間を置いてから再び口を開いた。
「そうかもしれません。でも、みんなが満足する社会なんてありえるのかな。
先ほど言った60年安保や70年安保で学生運動をしていた人たちは、現在40歳から50歳くらいになっているはずです。つまり、今の日本社会の中心を担っているはずなんですよ。当然、すべての人が同じ思想だった訳じゃないと思う。学生運動に反対の立場の人も多かったと思います。
でも、彼らは間違いなく若い時に、政治や体制を真剣に考える機会があったはずですよね」
「その彼らは、現在政治的行動を行っていない、と言いたいのかい?」別の声が上がる。
「そうですね、少なくとも僕には見えない。もちろん日本は民主主義国家であり、政治家を選挙で選ぶわけだから、それ自体が政治に参加しているとも言えるのでしょうが、それ以前に、政治に対する興味とか期待感が失せてしまっているのが、今の日本という国だと思います。
もちろん、昔の安保闘争だとか言っていた時代より、国も国民も格段に豊かになった経済状況の変化はあるでしょうが……。
先ほど誰かが、一部の特権階級が拝金主義になっていると言っていましたね。今の日本では、国民すべてが拝金主義になっていますよ。世界有数のお金持ちになって、国中にお金が溢れかえって泡沫経済と言われています。それが良いことなのか悪いことなのか……」
そこで口を閉ざした隆嗣の次の言葉を、みんなが待った。