直角に近い階段、低い天井…
狭さが独特の関係性を生み出す

 ずっと黙っていたタクミさんが花街に賭ける熱い思いを語ってくれた。たしかに「夜の男の遊び」に熟達した人たちは、皆、「新地のお運びさんの献身的なサービスぶり」を挙げる。

「昔は30分やったみたいやけど、今は20分ですからね。その時間でリピーターを狙うとなると、ちょっと女の子も頑張らんと……。頑張る男と女が火花を散らすところ。それが新地なんやないですか。新地……男のロマンやね」

 まだ20歳と若いが、新地を知り尽くしただけあって説得力はあった。

 記者は、この3人組が「火花を散らし」終えるのを待った。その間、平日の夜にもかかわらず、年齢を問わない大勢の男性が、かんなみを行き来する。なかには冷やかし客もいる。フラッシュが光った。客の1人が通りを撮影したのがわかった。

「ちょっとお兄ちゃん。あかんで。データ消してや。こういうところはな、写真あかんのや!」

 やり手婆が「飲み屋」から飛び出し撮影した客に近づく。もし、これが飛田なら殺気だった空気感へと一変するのだろうが、かんなみではやり手婆も「お運びさん」もどこか優しい雰囲気だ。

 しかし、その優しさが、傍から見るとかえって凄みがある。なにしろ、飛田と違って、かんなみはほんの狭い一区画。あっという間にお運びさんとやり手婆に囲まれれば逃げ場がない。優しい口調で、しかし、じわりじわりと追いつめられる。

「すんません、気ぃ付けます」と客が謝り、ようやく許してもらえたようだ。やり手婆と「お運びさん」が見送る。「謝らんでええ。もう1回、遊んで行きいや!さあ、どうする?」。やり手婆が声を張り上げる。

 記者も夜の風景をこっそり撮りたいと思ってずいぶんとウロついたが、すでにやり手婆や何人かのか「お運びさん」に顔も知られている。とうとう撮影する勇気を持てなかった。そうこうするうちに、駐車場で知り合ったケンタさんが戻ってきた。片足を引きずって歩いていた。

「いや、ここ、他の新地と比べてもめちゃ狭いんですわ。1階で女の子決めて上に上がるときはええんですけど、降りるときにね、階段で滑りましてん。やっぱり最後まで気抜いたらあきませんね」

 かんなみは、他の新地と比べても「飲み屋」の建物は狭く2畳間ほどの部屋に通されるという。部屋は敷かれている布団だけで一杯になる。天井も低く、階段は、「直角に近い」(ケンタさん)ほど急なのだそうだ。そのため降りる際、足を滑らせることもしばしばだという。

「足滑らしたら、また女の子から声かけてもらえるしね。それはそれでええねんけど……」

 痛そうに足を労わりながらケンタさんが話す。そこにショウさん、タクミさんたちも帰ってきた。「お前、また階段で滑ったんかい」と2人が笑いながら声をかける。続けてケンタさんが、誰に話すというでもなく語った。

「あの狭さがね。短い時間で恋愛ムードを盛り上げるんですわ。新地ならではの醍醐味やね。これは日本の文化遺産として残さなあかんね」

 かんなみでは、20分を過ぎた帰り際、コーヒーかウーロン茶、緑茶が出てくる。やはり飛田同様、タテマエとしてはあくまでも「飲食店」。ただ偶然にも、「お運びさん」と、瞬時にして熱烈な自由恋愛に発展する可能性が極めて高い「飲食店」なのだ。

 実際に文化遺産に指定されるかどうかはさておき、新地には男たちに足を向けさせる、独特の魅力があることは確かなようだ。どんなに時代と社会が変わっても、残っていくであろう「飲み屋」なのだろう。