「いつも、悩みすぎて損してる!!」
日本人は礼儀正しくて、とても優秀……なのに、日々必要以上に思い悩んでいないだろうか?
“究極の合理思考”を身につければ、もっと楽しくラクになる」――。数十億規模の案件に関わり、インド人部下オペレーションを経験したインド麦茶氏は、「常に自分中心」「短期志向」「無計画で今を生きている」ように見える彼らに「日本人が幸せを謳歌するための“ヒント”」を見出したという。
新刊『インド人は悩まない』では、人口14億・上位1%が富の40%以上を所有する超競争・過密・格差社会を生き抜く人々の「規格外の行動力」と「抜け目なさ」の秘密を紹介している。今回はその魅力の中から一部をお届けする。(構成/ダイヤモンド社・榛村光哲)

「周りの輪を乱すジコチューな子」の末路。大人になったら一体何をしでかすのかPhoto: Adobe Stock

世界はジコチュウで回っている

アメリカが遥々中東の問題に足を突っ込んでイランに爆撃を加えたり、イスラエルが相手の国のリーダーを次々に殺害したりする状況は、日本に住む人々にとっては衝撃的なことだ。そんな大国の行為を見て、「なんて自分勝手なのだろう」と感じた人も多いだろう。石油やLNGの輸送ルートに障害が起き、市民生活への影響を心配する声も聞こえてくる。

今回のアメリカとイスラエルの攻撃の正当性の議論は横におくとしても、日本から一歩外に出れば、多かれ少なかれ、「自己利益を主張し、追及する」という行為や思考を、何ら負い目を感じることのない当然のことだと思って暮らしている人々に出会う。

日本人は周りを気にしすぎる

日本人ほどキョロキョロと他人の目線を気にして、全体最適のために自己犠牲的な態度をとるような人は極端に少ない。自分や自分の親族さえよければいいと思っている人のほうがマジョリティだ。

こういう自己中心的な態度は、イラン問題の渦中にいるアメリカやイスラエルに限った話ではなく、世界の至るところで見られる。日本人の感覚からすると「世界はジコチューだらけ」というのが、この世のリアルな現状だ。

私の駐在地であるインドは、今回の戦争から距離をおいているが、インドの日常の至る所に、「この競争社会の中で自分は生きのこってやるぞ」という気迫や思考を持っている人々であふれている。だからこそ、そういう人間たちが世界の政治やビジネスを動かしているという現実に何も違和感を覚えない。

ジコチューこそ才能

そんな場所から、遠く日本の教育を眺めると、いわゆる「ジコチュー」な人間が高校生くらいまでに振るいにかけられて自己修正を促される様子が見える。輪を乱すものがいれば、ルールや圧力で集団になじませられる。そういう雰囲気はクラスの標語やポスターなどにも反映されていて、集団主義的な言葉に驚かされる時もある。

ジコチューという特性は一般的に批判されることが多いが、それは稀有な才能だ。

日本の温室栽培教育の中で外れ値になるくらい自分の意思を持っているのがちょうどいい。なぜなら、ジコチューな人間が協調性やエゴをコントロールする方法を学んでいくことは難しくはないが、自分を大事にできない人間に「自分を持つ」、「自己利益を追求してもいい」という意識を芽生えさせるほうが100倍難しいからだ。

「自己利益を追求する」ほうが難しい

自分の子どもがもし、学校の通信簿で「自己中心的」「輪を乱す」「目立ちたがり屋」などと書かれていたら喜べばいい。逆に「とってもしっかりものでクラスの見本だ」だと書かれたら、その子の将来を心配したほうがいいかもしれない。都合よく使われる中間管理職として苦労しそうだ。

拙著『インド人は悩まない』は、角が取れてしまった日本人という丸い石から、再び角を削り出すための本だ。本当は、自分が思う通りに人生を生きたいのに、社会という激流の中で丸くなってしまった人に対して、パワーを与える思考法と技術を纏めている。

義務教育の中で、早々と角が取れて丸くなってしまった石が、社会に出てからエッジが効く人間になることは稀だ。18歳やそこらで既に丸くなってしまっていたら、社会に出た後は文字通りそのままどんどんすり減り、会社や組織の中で自分という存在は跡形もなくなってしまう。多くの大人がそういう人生の川を流れていく。

私もインドに来る前は危なく角が削り取られてしまうところだった。ぜひインドという激烈な競争空間で磨かれた彼らの姿を見てもらいたい。

(本記事は『インド人は悩まない』の一部を調整・加筆・編集した原稿です)