中国に留学中の隆嗣は、民主化運動学生グループの集会に参加し、各大学のリーダー陳祝平、焦建平、李傑たちとも知り合うようになっていた。
慶子と連絡を取り合うようになった幸一は、出張と偽って上海にやってきた。慶子の告白を聞き、幸一も日本を逃げだした自分の過去を明かす。
(1989年3月、上海)
帰国する隆嗣との別れを惜しむため、ジェイスンたちが大学裏の鍋貼(焼き餃子)屋を貸し切りにして開いてくれた送別会には、多くの友人が集まってくれた。留学生仲間や立芳の友人たち、それに陳祝平や李傑はもちろんのこと、興工大学からも焦建平たちが駆けつけてくれた。
狭い店内は椅子に座る余地もなくなり、みんな餃子を盛った皿と温いビールが入ったコップを両手に持って、入れ替わり隆嗣の前へ現れる立食パーティーになっていた。
「私たちのことを忘れないで」「俺たちは生涯の友人だ」「立芳に愛想尽かしされないよう、早く戻って来いよ」
言葉は様々だが、みんなの心は胸の奥深くに伝わった。そんな隆嗣の傍で、立芳は慰めと冷やかしに応じていたが、その顔は微笑みながらも目尻を濡らしていた。
「また会おう」
祝平は、律儀な性格そのまま、強く手を握り締めてくれた。
「I'M JUST WAITING ON A FRIEND を唄いたい気分だね。再会の時を待っているよ」
洒落気のある建平は、お気に入りのローリングストーンズの曲名に託して、隆嗣との別れを惜しんでくれた。
いつも口角泡を飛ばし議論を戦わせるほど立芳の身近にいて仲が良かった李傑には、
「僕がいないあいだ、立芳を頼むよ」と、隆嗣から声を掛けたが、感情がこみ上げたせいか、彼は唇を閉じ頬に力を入れたまま、言葉も無く隆嗣の肩を叩いて応じていた。
いつもの馬鹿陽気さは影を潜め、さすがに今日ばかりは淋しげなジェイスンが問う。
「ロン、君の希望業種は何だい」
隆嗣が3月という中途半端な時期に帰国するのは、日本で大学4年次に復学し、就職活動をするためと知っているのだ。彼もこの年の8月にアメリカへ帰国する予定らしい。