「まだ具体的には決めていないよ。中国とビジネスが出来る会社を当たってみるつもりさ」
「ハハハ。立芳のために、中国へ早く戻って来たいのか……。君は商学部だったよな。ぜひ金融業界へ進めよ」
ジェイスンの突然の提案に、隆嗣は戸惑った。
「金融……銀行業界では、中国との仕事はまだあまり期待できないな。目指すのはやはり商社かメーカーになると思うけど」
中国が金融開放するなど想像も出来ないような当時の状況だった。怪訝な顔でジェイスンを見返すが、彼は真剣な顔で話し始めた。
「俺はずっと、ニューヨークのウォール街で成功するという夢を持っているんだ。だから中国へ来たのさ。アイビーリーグに入れず、地元カンザスの田舎大学にしか進めなかった俺がエリートたちと渡り合うためには、連中が持っていない能力を身に付けるしかない。経済開放とやらを始めた眠れる大国が世界に向けて動き出す時に、必ず求められる中国通のファンドマネージャーという役割、それが俺が選択した道だし、賭けなんだ」
力強いジェイスンの言葉は、隆嗣の耳に末永く残ることになった。少々時間はかかったが、結局彼は賭けに勝つことになる。
「長い付き合いだったが、初めてジェイの真面目な話を聞いたな……。頑張れよ、君ならできるさ」
「ああ、だからロンも、日本の金融界へ進めよ。将来、日米金融タッグを組んで、この国を喰い尽くそうぜ」
どこまでが本気で、どこからが冗談なのか分からなかったが、隆嗣はジェイスンらしい餞の言葉だと妙に納得した。
その夜は鍋貼屋の婆さんの好意で、日付けが変わるまで騒がしく過ごすことが許された。