「私の姉も、華盛大学の学生だったの。綺麗で聡明で、両親の自慢の娘だった……。私にとっても憧れの女性だったわ。そして、姉が大学で出会ったのが、日本から来ていた留学生だったのよ。ふたりは恋に堕ちた……」
そこまで一気に話した迎春は、付き合いで置いていたグラスの水割りを口に含んで、渇いた喉を潤した。
「もしかして、お春さんが言っていた、伊藤さんがずっと好きだという人は……」
慶子の問いに頷いて応える迎春。
「あの人の中には、ずっと姉が棲みついたままなのよ」
「お姉さんに何かあったんですか。今はどこにいるんです?」
昂ぶる気持ちを抑えきれず、幸一が口を挟んだ。
「姉は……消えてしまったの。18年前に」
「消えたって、どういうことなの?」
慶子が声を絞り出す。俯く迎春の前で、一つのことに思い当たった幸一が問い掛ける。
「18年前というと、もしかして天安門事件じゃ……」
迎春が小さく頷く。重苦しく時間が止まる。
「姉は真っ直ぐな人だった。そんな姉を、隆嗣も心から愛していたのよ」
細く消え入りそうな迎春の声だった。
(つづく)