(2007年8月、上海)
上海浦西の中心部、南京西路にある百楽門大酒店。三ッ星だが大きなホテルで、その中のコンベンションホールには70名ほどの聴衆が集まっていた。正面壇上では、南京林業大学の高英麗(ガオ・インリー)教授が、女性らしい柔らかな論調で講演を行っている。
「……中国は、すでに世界有数の木材輸入国となっていますが、その一方で砂漠化が進み、その波は北京にまで及ぼうとしています。そこで、早急に求められるのが植林事業なのです。
古くから我が国では、山間部では松や杉、農村部では槐や桐などといったように、各地区各地域に適した植林は行われてきましたが、今や状況は逼迫しており、国を挙げての大規模な政策的事業が不可欠であります。わたくしども南京林業大学では、早くからこの問題に取り組み、研究と実験を続けて参りました……。
最終的に有効な樹種として選定されたのが、ポプラです。これはイタリアンポプラに品種改良を重ねたもので、現在の中国に最も適した植林木として広く普及されるようになりました。江蘇省から始まり、現在では山東省、安徽省、河南省、河北省へと、植栽面積を増やしております。
では、なぜポプラが一番有効な樹種となったのか、理由は二つあります。
第一に、ポプラは大変強い樹でして、乾燥した砂状に近い土壌でも生育しますし、一方、河川敷などといった水分が多い地域でも、腐ることなくしっかりと根を張ります。防砂林としても治水林としても役割を果たすということなのです。
第二の理由は、大変生長が早いということです。植栽後、樹齢10年ほどで胸高径が30センチ以上にまで達し、有用材としての利用が可能です。つまり、植栽から伐採利用までのスパンが短いので、大変経済効率が高いのです。それは長期的植林事業の持続に欠かせない条件です……。
生長が早いために繊維が粗く、材料安定性が乏しいとの指摘もありましたが、板材としてではなく、ロータリースライスした単板での利用に活路を見出して、合板やLVLなどの商品が確立し、環境保護の観点からも適合した素材として国内はもとより欧米や日本へも輸出されるようになりました……。
LVLとは、LAMINATED VENEER LUMBERの略でして、平行合板のことです。通常の合板が、広い面での安定性を得るために単板の繊維方向を互い違いにクロスさせて積層するのに対して、LVLは繊維を同一方向に揃えて積層するため、通常の木材と同じような強度と性質を持つことが出来ます。つまり、工業生産出来る木材として今後市場の拡大が期待できますし、植林木有効活用のためにも、市場への推奨活動を行う必要があります……」
前寄りの席に並んで座る隆嗣と幸一は、高齢ではあるが上品な佇まいで聴衆の耳目を引き付ける高教授の話に聞き入っていた。
幸一は、数日前に隆嗣から電話で誘われた。
「上海で木材フォーラムが開かれる。中国は来年のオリンピックを控え、環境問題にも力を入れている姿勢をアピールしている最中だから、テーマは植林事業とその有効活用だ。後学のために出席するといい。どうせ彼女に会うために、時々上海へ来ているんだろう?」
隆嗣の皮肉交じりの誘いに素直に応じて、幸一は上海へやって来た。もちろん、慶子への連絡も欠かさなかったが。