(2008年4月、青島)
最終打ち合わせを行うはずであった翌朝、王紅総経理の都合で、午後に改めて連絡するまで待っていて欲しいとの電話が入り、一行は仕方なく滞在先のシャングリラホテルで時間を潰すことになった。
外出するわけにもいかず、昼食もホテル内のレストランで済ませることにしたが、急な変更に苛立つ役員たちが不機嫌な顔を隠さなかったので、部下たちは砂を噛むように黙って箸を動かしていた。
「これが中国式なのか、それとも単に舐められているのかな。明日には帰国するというのに、当初の目的である仮契約まで漕ぎ着けることができるのかね?」
岡崎の問いに誰も答えることが出来ない。そんな中、唯一人平気な顔でさっさと食事を済ませ、茶を啜り始めた隆嗣に、宮崎が皆を代表して尋ねた。
「彼らが急に予定を変更したのは、なぜでしょうか?」
「わかりません」
その返事に宮崎たちは鼻白んだが、それを楽しむように間を置いてから隆嗣が言葉を続けた。
「ただし、総経理の予定での変更という理由が本当ならば、それには総経理の何らかの意思が働いているはずです」
「それはどういうことです?」
皆が身を乗り出して隆嗣の口元へ注意を向けた。
「彼らの話を総合すると、今回のプロジェクトに日本の住宅メーカーを入れたいというのは、総経理の意見だったようです。交渉は大筋でうまくいったが、支払条件だけがつまずいてしまった。当然、あの眼鏡君は、責任者とはいえ総経理の意向を無視して契約を御破算にするような行動は取れない。今頃、総経理と顔を突き合わせて判断を仰いでいる、といったところでしょうね」
微かに光りが見えた思いの一同は、やや表情を明るくした。
「伊藤さんの読みを信じて、焦らず気長に連絡を待つとするか」
吉川の言葉に、ようやくみんなの箸が進み始めた。