昼食後も長いこと待たされ、結局、連絡が来たのは午後4時を回ってからだった。差し回された車に乗って建富開発公司オフィスに着き、時計に目をやると、すでに5時。これでは何時まで拘束されることになるのやらと、隆嗣は気が重くなった。
昨日と同じ会議室に通されると、王紅総経理と眼鏡男、それに数名のスタッフが待ち構えていた。日本人たちが着席するのを待つのももどかしいように、眼鏡男が口を開く。
「我が社の王総経理は、東洋ハウスさんとの長期的業務提携を期待しております。ついては、今回の支払条件に関して、東洋ハウスさんの希望を受け入れ、我が社の誠意を表すことといたします。他に問題がなければ、今回のモデルハウス2棟建築についての仮契約を結びたいと思いますが、いかがでしょうか?」
隆嗣の通訳を聞いた日本人たちは、胸を撫で下ろした。
副社長の吉川が即座にすっと立ち上がり、頭を下げた。さすがに大企業のナンバーツーまで昇った人間らしく、そのあたりの呼吸は心得ているようだ。岡崎常務はじめ他のメンバーも慌てて同様の姿勢を取った。
「伊藤さんが仰った通りでしたな、さすがだ」
吉川の賞賛を受けながらも、隆嗣は心中穏やかではなかった。あまりにもあっけない。これだけ焦らしたのだから、もう少し演技ででも激しい発言の応酬を行い、もったいぶった形で総経理の裁可を仰ぎ、恩着せがましく承諾した方が、東洋ハウスへ与える効果も格段に上がったろうに。
隆嗣が怪訝な目を王紅へ向けると、彼女の視線とぶつかった。彼女は昨日同様黙って会議を見守る姿勢を崩していないが、昨日とは違って、微笑が消えていることに気付いた。幾分緊張した顔で隆嗣へ視線を送っている。まるで他の人間たちには興味がないかのように、隆嗣だけを見詰め続けているのだ。
疑問を懐の奥にしまって、隆嗣は目先の仕事に取り掛かった。先方が作成した仮契約の合意文書を翻訳し、同じ内容の日本語書類を作成する経理担当者を手伝ってやった。日中双方の書類に吉川と王紅がサインを済ませると、会議室内にいるすべての手が叩かれて、ささやかな興奮に包まれた。
「合作の開始を祝しまして、総経理主催の宴席を用意しております。みなさん、是非お付き合いください」
眼鏡男がそう宣言して契約交渉の終結を示すまで、王紅は調印の際に「謝謝」と言った一言以外には、何の発言もしなかった。