(2008年4月、青島)
車が20階建てほどの大きな高層マンションへ到着した。見上げると『建富花園』という看板が掲っている。このマンションも、建富開発公司の物件の一つらしい。
地下駐車場に車が停車すると、すぐ脇のエレベーターへと王紅が隆嗣を案内した。彼女は暖かい目を向けてくれているが、口は閉ざしたままだ。隆嗣もあえて沈黙を保っていた。
彼女がICカードを操作パネルの差込口に入れると、最上階のランプが点灯した。エレベーターが上昇し、到着してドアが開かれると、そこは客を迎え入れるエントランスホールとなっていた。
黒を基調としたシックな内装で、間接照明に照らされた背丈ほどの大きな陶器の壷や、2メートルはあろうかという黄山を描いた雄大な山水画が隆嗣を出迎える。限られた人間のみが到達できる最上階のワンフロアーすべてが、彼女たちの住まいとなっているらしい。
そのまま王紅の後について進み、無駄に広いリビングに入った。30畳はあろうかと思える明るい室内はいたってシンプルで、革張りのソファセットと4人掛けのこじんまりとしたダイニングテーブルだけが立体感を表している。
残りの平面スペースは濃紅色の花梨フローリングが埋めていた。壁際に並ぶキャビネットボードの中に見えるコーヒーカップやグラス、それに大きな薄型テレビが、わずかに生活感を感じさせる。
王紅が室内を見回して夫の所在を捜す。と、リビング奥の大きなガラス戸が開かれて、男が現れた。
ベランダから入ってきたのは、カジュアルな装いをした紳士だった。ディオールのシャツの袖をまくった手には、グラスが握られている。
「久しぶりだね、隆嗣……。君と素面で会う自信がなかったから、申し訳ないが先に一杯やっていたんだ。一緒にどうだい?」
近付いてくる男の顔を隆嗣が凝視した。その精悍な顔つきと鋭い目には見覚えがある。活動的な学生の明るい笑顔が脳裏で一致して、驚きの声を絞り出した。
「建平……焦建平か?」
「ああ」彼も、それ以上の言葉が出ないようだ。