「君はあの時、政治や体制に何の疑問も持つことなく日本中が拝金主義に走っていると嘆いていたよね。今の中国を見てみなよ、まさしく同じじゃないか。君はどう思う?」
建平の心は、まだ魯迅公園に在るようだ。
「ああ、まるで別の国になってしまったようだ」
「あの頃も今も、共産党という皇帝が治めていることに変わりはないさ。我々民衆の心の方が変わってしまっただけ。若者は高い給料を求めて駆けずり回り、高級車に憧れ、携帯電話を四六時中手元から離さない。消費社会に毒されてしまっているよ……。俺は素志を棄てまい、少しでも力を付けようと懸命にやってきたが、その結果はどうだい……。いつの間にか、俺自身が金の権化と呼ばれて、羨ましがられたり批判される対象になったりしているよ」
建平は手にした水割りをあおって一息入れ、そして続けた。
「20年前、あの時の俺たちの火は消えてしまったのか……俺自身で消してしまったのかな。気が付けば、皇帝様の思い通りに踊らされている」
そこへ王紅がやって来て、ブランデーの水割りのグラスを隆嗣の前に置いてくれた。
「ごゆっくり」
そう言うと、彼女は気を利かせてすぐに立ち去った。隆嗣が話題を変えようと尋ねた。
「ローリングストーンズの上海公演へは行ったのかい?」
2年前にローリングストーンズが上海でコンサートを行った。20年前に隆嗣からもらったテープを擦り切れるほど聴いていた建平は、この中国でローリングストーンズのコンサートが開かれると聞いてどう思ったのだろうか。
「いいや、あれから一度も上海へは行っていないんだ。いや、行ける資格などないんだよ。俺には……」
『あれ』とは、天安門事件前夜に魯迅公園で起きた不幸を指しているのだろう。二人の傷が共鳴し合う。
「君は、無事だったんだね」
「あの夜のことを知っているのか?」
黙って頷く隆嗣。
「俺は、逃げてしまったんだ」
「公安から逃げ延びたんだろう? よかったじゃないか」
「違うんだ」