それから30分も経たぬうちに、二人の警察官が南郊賓館213号室へ踏み込んだ。しかし室内はもぬけの殻で、目指す標的は立ち去った後だった。

 警察署長からの電話に動揺した李傑は、思わず叫び声を上げた。

「なんだと、逃がしたというのか? あいつは移動制限を破った政治犯なんだぞ、駅、空港、とにかくしらみつぶしに捜して必ず捕まえろ」

 市共産党常務委員の広い執務室にあるデスクで受話器を叩きつけたその時、胸ポケットの携帯電話が間延びした電子音を響かせた。不安を抱きつつ耳に当てた李傑は、その声を聞いて血が引くのを自覚する。

(やっぱり君は信用できないね)

 祝平の声が耳朶を打ち、思わず立ち上がってしまった。

「どうしたんだい? 明日、また会う約束じゃないか」

 懸命に平静を装って答えるが、見透かされたようにクククッと笑い声を返された。

(俺はもう徐州を離れているよ。とにかく100万元用意しておくんだ。さもないと隆嗣に連絡する。そうそう、焦建平も実業家としてかなり成功しているらしいね。彼にも電話を掛けてみようかな……。言っておくが、君が特権を発動できるのは、お膝元の徐州や江蘇省の中だけだ。四川省に戻る私に、手が出せるかな?)

 喉が乾燥した李傑は、言葉を返せなかった。

(また連絡する。金を用意しておくんだ)

 電話が切られた。李傑はがっくりと革張りの椅子へ倒れ込むように座った。

 どうしてこんなことになってしまったんだ。俺はうまくやってきたじゃないか。李傑は、自分が歩んできた出世のための苦難の道を思い起こした。