「俺は、長年の収容所生活で骨抜きにされた人間さ。今では田舎の教員として貧しい子供たちへ学問の喜びを与えることだけに生き甲斐を見出していた。だが、よっぽど神様は俺のことが嫌いなんだろう。四川大地震で学校は倒壊し、教え子から犠牲者も出てしまった。貧しい農村の子供たちにとって唯一の拠り所となっている中学校を早く再建させて、子供たちの笑顔を取り戻したいんだ。手を貸してくれ、学校の再建費用を出して欲しい」

 李傑が首を振る。

「江蘇省ならともかく、四川省までは俺の力も及ばない。そんな金は用意できないよ」

「何を言っているんだ、共産党常務委員ともあろう人間が。いろんな所から金を引っ張り出す術は知っているはずだ。田舎に建てる小さな校舎だ。近代的な建物が欲しいわけじゃない。とりあえず授業を再開できればいいんだ。100万元もあれば十分さ」

 祝平の要求は具体的だった。100万元とは、日本円で約1400万円に相当する。エリート官僚とはいえ、実業家ではない中国人には荷が重い金額だ。探るような卑下た目で祝平を見返しながら李傑が呟いた。

「もし断ったら……?」

「そのときは、隆嗣へ会いに行く。寄付の頼みと一緒に、話すことがたくさんあるだろう」

 淀みなく答える祝平の覚悟を知った李傑は、ここでの交渉を諦めた。

「判った。とりあえず明日まで待ってくれないか? 金が手配できるか考えさせてくれ」

 交渉を終え、ドア口まで見送る祝平を振り返って李傑が念を押した。

「ここに泊まるんだろ? 明日の同じ時間に来るから、待っててくれ」

 懸命に愛想笑いを繕って別れを告げ、薄暗い廊下を歩きながら首筋に溜まった汗を手で拭った李傑は、ポケットから携帯電話を取り出して、メモリーにある目指す電話番号を探した。発信して先方の声が聞こえると、冷静を装って威丈高に命じた。

「市共産党常務委員の李傑だ。署長を出してくれ……」