若い頃に「日ペンの美子ちゃん」にフラッくる…というもの、はいはい、フラッと来ましたというか、やってました。

 80年代に一世を風靡した丸文字も、確かにハマった。おもえばあの頃の字が一番マシだった気がする。丸文字が七難隠す。

油性ボールペンを使う場合
字が汚い人にとって冷酷である

 実は筆記用具も重要というところもまさにその通りである。とにかく油性ボールペンときたら字が汚い人間にはとことん冷酷で、汚い字の汚さがクリアに表現されてしまう。だから万年筆を使っていた訳だが、本書によれば「サラサクリップ」と「ユニボールシグノ」がオススメだというのでわが意をえたり。

 2年前に薬膳の学校に通い始めた時、さすがに授業のノートを万年筆でとるという訳にもいかず、片っ端からいろんなボールペンを試しに試して、私も同じ「サラサクリップ」と「ユニボールシグノ」にたどり着いていた。ああこの広い世界に、同じ思いで彷徨い、たどり着くべきところへたどり着いた同志がいるのだ!「ほんと、いーよねー!あれはいーよねー!」と声を出してしまった。

 さて、新保さんの字はどうなるのだろうか。各章ごとの扉には「乱筆乱文失礼いたします」と新保さん筆で書かれている。人に教えを請うたびに、その人の言う通りに試みに書いてみた文字である。書くたびに同じ人とは思えないくらい変化していく。とにかく言われた通りにやってみようとする新保さんの素直な姿が目に浮かぶ。

 文芸編集者の“なんちゃって達筆”の極意とか、政治家の手書き文字、悪筆ナンバーワン作家は誰だとか、筆跡を変えたら性格も変わるのかとか。手書き文字にまつわるあれこれも面白い。

 今のような楷書がスタンダードになったのは、明治時代に“続け字、崩し字の漢字+ひらがな”の和様から、“続け字、崩し字をしない漢字+カタカナ”の唐様に変わったことが原因だというのも言われてみればと目から鱗。そもそも綺麗に描こうとすると時間はかかるし手間もかかる楷書に苦しめられている面もあったのかと思うと、ほんとに明治政府ときたら余計なことをしてくれると文句も言いたくなり。

 新保さんは会った人に「六甲おろし」を書いてもらうのだが(阪神ファンだそうで)、これもバラエティに富んでいて眺めていて楽しい。「この人はどんな人かな」と想像したくなる。筆跡は人格や知性の優劣を保証するものではないが、良くも悪くも人柄が現れるのは、そうかもしれないと思わされる。

 さてさて、あきらめるか本気出すか。この本を読み終わったら決めようと思っていたのだが。「あきらめ」という後ろ向きな気持ちではなく、いまようやく、ありのままを受け入れられそうな予感がしているのである。新保さん、ありがとう。手書き文字に自信のない人々へオススメの本です。

(HONZ  麻木久仁子)