幸一の希望に溢れた顔を羨ましそうに見たジェイスンは、もう一方の慶子へも温顔を向けた。
「上海の会社、隆栄実業有限公司も、整理の目処はついたんだろう?」
「はい、私でカバーできる仕事だけに絞ると言われて……。私の能力が低いものですから、わずかな事業しか残しませんでした。
広くて経費のかかるオフィスも不必要になるし、スタッフも何人かリストラしなければならないと気が重かったんですが、こちらも焦建平さんが助けてくれました。建富開発公司の上海オフィスとして、共同利用することになったんです。これからは上海でも事業を始めると仰って、スタッフも何人か引き受けてくれました……。
私は、父が事業に失敗して以来、自分の人生を諦めかけていたんです。でも、伊藤さんに救っていただいて……。こんなに恵まれてしまっていいのでしょうか?」
慶子がうっすらと涙を浮かべると、幸一が彼女の背中へ優しく手を添えた。
「構わないわよ」
声を上げたのは迎春だった。
「あの人は、もともと甘い人だったの。それなのに、この19年間、自分を偽って生きてきたのよ。だから、中国の事業を整理するに当たって、19年分の甘さを解放しているのよ。黙ってそれを受け取ればいいわ。それが、あの人への思いやりなの」
そして迎春は、心の中で言葉を続けた(あの人との繋がりを残すためにも、あの人の甘さを素直に受け取るべきなのよ)と。彼女も、この店の権利を隆嗣から譲渡されていた。
「しかし……」
幸一が、胸に残っていた不安を口にする。
「伊藤さんが費やした金額を考えると、素直に何もかも受け取ってしまっていいものかと……。工場への初期投資だけで120万ドル、マレーシアの設備を購入した追加投資に180万ドル、そして、罠のために香港へ送金された90万ドルを足すと390万ドルにもなります。
それに、李傑を裏金の誘惑へ引き込むため、無理して日本へ出荷したLVL合板が、5000リューベー以上日本の港に残っていますが、金額にして200万ドル以上になります。イトウトレーディングの在庫となっていますが、それも売却して、工場の運転資金に回すようにと、伊藤さんから指示されました。焦建平さんに頼らず、無借金経営をしろと……。事業を縮小した隆栄実業公司も、無借金のまま慶子が業務を引き継いでいます」