痴漢は女性にとっては身近な(被害に遭いやすい)犯罪だが、男性にとっては痴漢冤罪もまた身近なものだ。痴漢をする男性はごく一部の人間にすぎないが、痴漢冤罪は男性の「誰も」が巻き込まれる危険性がある。実際、僕の知人も痴漢冤罪事件に巻き込まれたことがある。もうずいぶん昔の話になるが、ある日の夕方、僕は自分のオフィスで企画書を書いていた。携帯電話が鳴ったので出てみると、警察からだった。知人男性が電車で痴漢行為をして捕まったという。派出所で拘留しているが、罪を認めているから釈放する。ついては、身元引受人が必要なので犯人を引き取りに来い、という連絡だった。

 正直、面倒くさかったが、たぶん彼の知人・友人の中で、僕が一番、口が堅いと思って連絡してきたのだろう(一番、暇だと思われたのかもしれないが)。そんな彼の「信頼感」に応えることも、知人としての務めだと思って行くことにした。派出所まで出向いて彼の身柄を受け取ったのだが、釈放されて2人でメシを食いながら、彼は「実はオレはやってない」と主張する。「完全な冤罪だ」と言うのだが、無罪を主張するとそのまま警察に何日間も(下手すれば何ヵ月も)拘留されてしまう。彼も仕事があるし、長期間拘留されたら、奥さんにも痴漢容疑で逮捕されたことがバレてしまう。しかし、罪を認めてしまえばすぐに釈放されるし、初犯でそれほど悪質ではない場合は(女性からすればすべての痴漢行為は悪質だろうが、ここでは刑事司法的にという意味)罰金刑で済む場合が多いようだ。

たとえ冤罪でも、
認めてしまったほうが合理的?

 もちろん痴漢といえども、刑が確定すれば前科がつく。転職する時などに履歴書の賞罰の欄に「前科一犯(東京都迷惑防止条例違反)」などと書くのもカッコ悪いし、女性客相手の業種や企業なら、そんな前科のある男性を雇いたいと思う経営者はいないだろう。しかし最近の履歴書には賞罰の欄はないし、採用面接などで聞かれない限り、自分から進んで「前科があります」と申告する必要もない。聞かれたら正直に答えないと後でバレた時に面倒だが、これまでの判例を見ても、痴漢の犯罪歴が後でバレて、それが理由で懲戒解雇になるとはまず考えにくい。新卒採用の面接などでも、前科を問われることはあまりないようだ(銀行など厳しく調べる業種はあるかもしれないが)。

 また、前科・前歴の記録は警察、検察、本籍地の自治体が持っているが、たとえ本人であってもその情報は開示されない。なので、第三者が知ることはまず不可能だ。将来、紫綬褒章などの勲章をもらいたいとか、警察官になりたいとか、立候補して議員になるつもりでもない限り、前科がつくことで社会生活や日常生活に困ることはあまりない、と考えられる。

 そんなわけで痴漢を疑われたら、たとえ冤罪であっても認めてしまったほうが合理的、という考え方ができる。なので、僕の知人のように、疑われたら素直に認めてしまう男性も多い。それなのに線路を走って逃げる男性がいるのは、「痴漢を疑われたら、とにかく逃げろ。駅員室に連れて行かれたら終わりだ」というメッセージが社会に流布されているからだろう。最近の報道番組等では誰も言わないが、2004年に痴漢冤罪を扱った映画『それでもボクはやってない』が公開されて痴漢冤罪が話題になった頃は、ワイドショーなどで弁護士が「とにかく逃げろ」と言っていたように記憶している(確認ができないが)。それがネットで出回って、「とにかく逃げなければヤバイ」というイメージになってしまったのだろう。