交渉で「腹の探り合い」はしない

 では、弱者は強者とどのように交渉をすればよいのか?
 少しでも好条件を引き出すために、“高めのボール球”を投げる。相手が飲むはずがない高いハードルを突き付けて、駆け引きをしながら自分の望む交渉妥結を目指す。世の中には、これを交渉の鉄則としている人が多いですね。私の見るところ、華僑はこの手をよく使います。

 しかし、私はこの手法は使いません。最大の理由は、時間がかかるからです。人によっては、2年も3年もこの交渉を行うこともある。それでは、スピーディな事業展開はできませんし、交渉だけで疲れ果ててしまう。大事なのは世の中に役立つビジネスを最速で立ち上げることです。それこそが、社会に求められていることですし、ビジネスで成功する鉄則です。

 しかも、交渉の場面で“腹の探り合い”をするわけですから、そこにはすでに不信感がある。ビジネス・パートナーとして事業を進めていくうえで、もっとも重要なのはお互いの信頼関係です。事業が始まる前からその信頼関係を毀損(きそん)するような交渉手法は決して得策ではないと思うのです。

 だから、私はあらゆる交渉において、“腹の探り合い”はしません。相手の立場をないがしろにするようなこともしません。連載第11回では、「相手を理解し、尊重し、助ける」という対人関係の基本についてお話ししましたが、ビジネス上の交渉においても原則は同じです。相手の立場を思いやって、相手を尊重するようにすべきなのです。

 交渉をするうえでまずやるべきなのは、「相手が何を望んでいるか」をよく分析することです。そして、「どうすれば相手の希望に合わせていくことが可能か?」と考えて、折り合いをつけていく。こちらの要求を突きつけるのではなく、相手の要望を知り、尊重し、それに合わせながら、いかに自らの利益を確保できるかを考えるわけです。

 自分の条件を強く押し出さずに相手に合わせていくと、不利な立場になるのではないかと考える人もいるかもしれませんが、それは違うと思います。むしろ、そうしてエゴを押し出すからこそ、相手も負けじとエゴを押し出す結果を招くのです。そして、お互いに押し合うだけで建設的な議論ができないまま、時間だけが過ぎていく。その間に別のライバルがビジネスを立ち上げれば、あっさりと敗北します。

 交渉相手が強者であれば、なおさらです。相手のほうが強いのだから、エゴをぶつけ合っても勝てるわけがない。無駄な時間をかけて不利な交渉を進めても、得るものはほとんどないと言っていいでしょう。

 だから、まず相手を尊重する。そうすることで、相手からの信頼を勝ち得て、こちらも尊重される存在になることによって、フェアな交渉を進めることを目指すべきなのです。これが、私の交渉の大原則です。

 実際、私は東南アジアの華僑とは非常にいい関係を構築しています。当初、彼らは“高めのボール球”を投げてきますが、私は彼らの立場を熟慮したうえで球を投げ返します。それは彼らにとっても飲みやすい条件ですから、それ以上“高めのボール”を投げる必要がなくなるのです。

 そして、お互いに「得」になる関係を構築すれば、「小西とビジネスをすれば得になる」と思ってもらえるようになる。私自身も「得」する関係ですから、良好な関係を長く続けることができるのは当然のことだと思います。