“deal breaking line”を明確にする

 とはいえ、現実はそう甘くはありません。
 どんなにこちらがフェアな交渉を心がけていても、相手がエゴを押し出してくることはあります。特に、強者はその立場を利用して、必ずエゴをむき出しにしてくると考えておいたほうがいい。

 そのような場面でどう対処すればいいのか? 
 私の答えは、“deal breaking line”を明確にしておくこと。“deal”は交渉、“break”は壊す、つまり「交渉決裂のライン」です。あらかじめ、自分にとって最悪のシナリオを見極めて、「絶対に譲れない一線」を明確に引いたうえで交渉に臨むのです。そして、いったん“deal breaking line”を引いたら、相手がどんな強者であろうと最後まで絶対に譲らない。必要であれば、「この交渉はやめた」と交渉決裂を宣告するのです。

 ひとつエピソードをお話ししましょう。
 29歳で独立してから、30代にさかんに新しい事業を興していたころのことです。あるとき、私は日本を代表する大企業にアプローチすることにしました。知己を得ていた財界の重鎮に相談すると、「小西さん、あの会社はあなたと合弁事業なんてやらないよ。無理だな」とにべもありませんでした。それもそのはず。その会社は、日本で商法が施行されて最初に設立された株式会社。伝統と格式を誇る超一流企業だったのです。

 少々ひるみましたが、何事もやってみなければわかりません。私はひとりで飛び込み営業をかけました。なんとか課長クラスの人が話を聞いてはくれましたが、まったく話を上層部に上げようとはしてくれませんでした。そのまま2年が経過。東南アジアで絶対に成功できると確信していた事業でしたが、その会社の技術力がなければ不可能でしたから、我慢強くアプローチをし続けました。

 すると、その会社の担当事業部長が交代。幸運なことに、新任事業部長は「海外進出すべし」という考えをもった先見性のある人物でした。社内で私が提案している事業の話を聞きつけたのでしょう。「なぜ、そんなにいい話を2年も握りつぶしてたんだ」と怒られた課長が、私に「会いたい」と連絡を寄越したのです。もちろん、私はすぐに飛んでいきました。そして、事業部長と面談。すぐに意気投合して、その会社と合弁会社を設立して共同でビジネスを始めることになりました。