「怒り」を見せると交渉は不利になるだけ

 そのとき、ふと私の目の前に見たことのない人物が交じっていることに気づきました。ピンと来ました。顧問弁護士です。無理筋の要求をしているという自覚があったのでしょう。最後の切り札として弁護士を同席させたのだと思います。

 もし、そうだとすれば、これは交渉の場では完全なルール違反。通常、交渉の場に弁護士を連れてくるときには事前通告しなければならない。これが、世界標準の常識。事前通告があれば、こちらも弁護士を同席させることができるからです。

 こんなアンフェアなやり方があるか……。私は強い怒りを覚えましたが、怒りを見せても交渉は不利になるだけ。だから、あくまで冷静に受け答えを続けていました。すると、ついに弁護士が口を開きました。

「あなたがおっしゃるような考え方は、国際的にあり得ない」
 冷静な口調でした。しかし、そんなことはない。私は、世界中の企業と契約を交わしてきましたが、こんな理不尽な契約を求められたことは一度もありませんでした。弁護士の話は単なるハッタリ。だから、私は挑発しました。

「誰がそんなこと言ってるんですか?」
「ヨーロッパには、こんな例はたくさんある」
「稀にはあるかもしれないが、そうじゃない例のほうが圧倒的に多いですよ」
 ここで、弁護士はカーッと逆上して大声を上げました。
「ここで将来のシナリオを決めてどこが悪いんだ! 何なんだ、きみは!」

 私は、鼻で笑ってこう応えました。
「まだ始まってもいない事業ですよ? そもそも、最初から離婚の話をするんだったら、結婚なんかしなきゃいいじゃないか。あなたがたは、離婚する前提で慰謝料の金額を決めようとしている。そんなバカな話はないでしょう」
「結婚するときはね、離婚を念頭にやるんだよ、きみ。それがまともな人間のやり方だ」
 これを聞いて、「ああ、この人たちと話してもしょうがない」と思いました。