強者は必ず「エゴ」を押し出してくる
ところが、ここからがたいへんでした。
というのは、なにしろ大きな会社ですから、合弁契約書ひとつつくるのにも膨大な時間がかかるのです。このときは、合弁契約に合意するまでに1年以上も交渉を続けました。
ほとんど毎月、先方の担当者と面会。私はひとり。相手はだいたいいつも十数人です。超大企業だから、法務、企画、ファイナンス、経理などさまざまな分野の専門家ばかり。彼らに取り囲まれて、まるで十字砲火のような攻撃を受けて、それを私がひとつずつ打ち返していくわけです。こういうのには慣れっこになっていましたから、厳しい交渉ではありましたが、負けずに応戦していました。
しかし、なんとか合弁の契約がまとまる見通しが立ったとホッとした矢先に、トラブルが発生。いつもどおり、十数人の担当者に囲まれて「詰め」の交渉をしていたときのことです。相手が、将来、私の会社が合弁会社を離脱するときの「株価算定」の取り決めをしたいと言い出したのです。
問題なのは、離脱条件は私の会社にだけ課せられて、相手には一切課せられないという言い分だったこと。要するに、相手は一方的に「離脱するとしたらお前のほうだ」と言っているのです。
そんなアンフェアな話はない。合弁会社は、どちらにも離脱する可能性があるもの。にもかかわらず、「出ていくのはお前だ」と決めつけて、そのときの条件を決めることで、私をがんじがらめにしようとしているのです。
「これは大企業のエゴだ」
私は、そう考えました。やはり、強者は必ずエゴを押し出してくるのです。しかし、合弁会社をつくろうという相談をしているときに、離脱の際の株価算定法を決めるなど、結婚する際に離婚するときの慰謝料の金額を決めるようなもの。しかも、一方にだけ条件を課すというのだから、あまりにもアンフェア。いや、非常識と言うべきです。だから、私は抵抗しました。
「これは何十年後の話ですか? 私は、そのころはもう会社にいないかもしれない。そんなに先の株価の算定方式を今決められるわけがないじゃないですか」
当然、会議は紛糾。十数人から一斉放火を浴びました。徹底的に反論しましたが、最後の最後まで相手は「決めろ!」と言って譲らない。このとき、私は心の中で「deal breaking lineを越えた」と思っていました。私がイメージしていた「最後の一線」を明らかに踏み越える暴挙だったからです。