英国総選挙でテリーザ・メイ首相の保守党が予想外の敗北を喫したのは緊縮財政=小さな政府への不満が爆発したからだ。生活の劣化をEUの責任にするプロパガンダは賞味期限が切れたということだ。

 人々はなぜ生活が苦しいか、本当のことは分かりにくい。最近よく見かける東欧からの移民や、新聞でこき下ろされているEU官僚が悪いから、と思いがちだ。アメリカの労働者も、自分が苦しいのはニューヨークやワシントンのエリートや国境を越えてやって来る不法移民を悪者と考えた。これも一種の政治プロパガンダのなせる業である。

 真相は、アングロサクソンが主導した経済モデルの帰結ではないのか。

 20世紀の末期にソ連が崩壊し、世界が丸ごと市場経済になった。勢いづいた規制緩和と自由競争の荒波が日本に押し寄せたのが小泉・竹中改革だった。一気呵成に進んだアメリカ一極繁栄が2008年のリーマンショックで瓦解した。銀行・保険や自動車産業など大資本は公的資金で救われたが、納税者である庶民は苦しくなる一方。それから10年、次のモデルが模索されてきた。

日本の経済政策も迷走
もはや成長前提では成り立たない

 安倍首相も経済政策は迷走している。異次元の金融緩和という壮大な社会実験を始めたが効果はなく、「経済成長」こそが解決の唯一の手段とし、「敗北主義」と言っていた「分配」を最近では口にし始め、春闘の賃上げにも介入する。日本もまた新自由主義の呪縛から解かれつつある。

 内閣府によると、日本経済は2012年12月が景気の底で、バブル期を除くと戦後最長の景気が続いている、という。こうした分析が出ることこそ、旧システムの陳腐化を物語っている。

 大企業は高収益を続けているが、生活者は潤わない。人手不足が起きても賃金は上がらない。共稼ぎが増えても世帯所得は伸びない。消費が増えないから景気はよくならない。企業は潤沢な内部留保を抱えているのに、投資するのは海外ばかり。国内は儲からない、という。

 成長は諦めたくないが、成長を前提に財政をはじめとする経済政策を立てれば失敗にする。成長を目的にせず、前提にもしないで国の運営を行う方法はないのか。市場経済に潜む矛盾が顕在化したリーマンショックを機に、経済学の大きな課題になっていた。