幼い頃、母親からTシャツは下着であると教えられた。当時、下着は断然、白のランニング派だったので、Tシャツには見向きもしなかった。だから学生時代にアメカジブームに遭遇した時は面食らった。白いTシャツを着た男たちが街にあふれたからである。
そんなTシャツがいまや欠かせないファッションアイテムである。ならばさわやかに着こなしてやろうと意気込んでも、時すでに遅し。ぶくぶくと太った体型にあわせても、寺内貫太郎にしか見えない。気がつけば、白いTシャツは、手の届かない憧れのアイテムになってしまっていた。
都築響一
筑摩書房
288ページ
2000円(税別)
本書『捨てられないTシャツ』は、有名無名を問わず70人のTシャツにまつわるエピソードをまとめた一冊だ。これがむちゃくちゃ面白い。
編者は都築響一。雑誌メディアにオシャレなインテリア写真があふれる時代に、あえて生活感あふれる部屋の写真ばかりを集めた『TOKYO STYLE』を発表するなど、独自の視点で刺激的な発信を行ってきた人物だ。珍スポット、ディープなスナック、地方発のヒップホップ、独居老人などなど、都築は都会のメディアが見向きもしないところばかりに目をつける。そしてそこには必ず鉱脈が眠っているのだ。
とはいえ、この「Tシャツ」には意表をつかれた。しかも「捨てられない」しばりときた。本書は、都築が発行する有料メールマガジンの連載がもとになっている。
Tシャツというのは面白いもので、びっくりするような値段のブランドものがあるかと思えば、格安のもある。デザインもアート系からネタに走ったものまでさまざまだ。本書に出てくるTシャツも、「ドーバーストリートマーケット」のもの(しかもロンドンの)から、観光地の土産物(「白川郷」とプリント)まで実に多種多様である。ふつうのファッションには、値段や素材など、誰がみても「あれはいいものだよね」と納得できる基準があるが、Tシャツの場合はそれがない。