相談してくれた相手を無自覚で疲弊させる「たった一言」の正体とは?
戦略コンサルやシリコンバレーの経営者、MBAホルダーには、共通点があった。「伝える内容を1つに絞り、1メッセージで伝えて、人を動かす」ということ。プレゼン・会議・資料作成・面接・フィードバックなど幅広い場面で成果を上げるノウハウをまとめた書籍『1メッセージ 究極にシンプルな伝え方』から一部抜粋して紹介する。
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相談してくれた相手を無自覚で疲弊させる「たった一言」がある
誰かが困っていて、その人から相談をされたとき。そんなときに、こちらが言う「たった一言」によって、相手の相談にのっているつもりが、相談するほどに困っている相手を無自覚でさらに疲弊させてしまうことがある。
「卑屈な一言」を話すと、相手を疲弊させてしまうことがある
たとえば、キャリアで悩んでいる職場の同僚から相談されて「うちの会社だと海外で働くチャンスって、どうやったらもらえるんだろう?」と問われたときに、次のように伝えるケースだ。
「わたしなんてまったく無理なんだけど、いまの仕事で結果を出していって評価されるのが近道なんじゃない」
この「わたしなんてまったく無理なんだけど」というのはよく言えば謙遜だ。会話を和らげることにつながることもある。しかし、相手によっては卑屈な印象を受ける。そうなると、相手はそれを聞き流すことができず、その部分へのフォローをしなくてはいけなくなる。
たとえば「そんなことはないよ、◯◯さんなら大丈夫だよ、仕事できるし」のように返さなくてはいけなくなる。しかし、それは元々の悩んでいる「うちの会社だと海外で働くチャンスって、どうやったらもらえるんだろう?」という自分の問いからは脱線した会話になってしまう。
さらに言えば、そこで卑屈な一言を発した側が「いやいや、わたしは最近は上司とうまくいっていなくて、上司が…」なんて愚痴を話し出そうものなら、元々の自分の相談から完全に外れてしまうし、話す番が奪われてしまう。こうして、相談するほどに悩んでいるのに、自分の相談に集中できずに疲弊していったりもする。
「卑屈な一言」を話すのは、相手のためではなく、自分のためだ
相手の問いにストレートに答えずに、卑屈な一言を足して話すのは、多くの場合で相手のためではなく、自分のためだ。もっと言うと、自分の話も聞いて欲しいからだ。しかし、それによって、無自覚で自分勝手に話題を変えてしまっていることがある。
相談している人は、自分が相談している問いに答えを欲しいし、その問いについての自分の話を聞いて欲しいから相談している。それなのに、問いには答えず、それでいて無自覚とはいえ相手の話す番を奪ったりしていると、相手はもう二度と相談してくれなくなるかもしれない。
相談されたら、相手の問いにストレートに答えよう
相手からなにかを相談されたら、謙遜して卑屈な一言を足したりするのではなく、ただただ、相手からの問いにストレートに答えよう。さきほどの例であれば、次のように答える。
「いまの仕事で結果を出していって評価されるのが近道なんじゃない」
これだけでよい。相手は自分の問いにストレートに答えをもらえたので、相手への余計なフォローをする必要がなく、ただただそのもらったアドバイスを自分のために情報処理できる。悩んでいることに対して考えを深められた結果、もっと話を聞いて欲しいといろいろと話してくれるかもしれない。
そうして、考えが深まったり、いろいろと話せたりすることで、相手の悩みが軽くなることもあるだろう。いずれにせよ、相手からすると自分の問いにストレートに答えてくれる人は「こっちの話を聞いてくれる相談しやすい人」という印象を受ける。「相談しやすい人」という印象の源泉は、余計な言葉を足さず、自分語りをして自分勝手に話を変えたりせず、ただただ、相手の問いにストレートに答えることにあったりするのだ。
相談されたときにどう答えるか。そのたった一言の答え方次第で、相手の印象、そして、その後の互いの関係が大きく変わったりするのだ。
(本原稿は『1メッセージ 究極にシンプルな伝え方』を一部抜粋・加筆したものです)









