また、虫歯が痛んでも、急病で苦しんでいても治療させなかった。メガネが必要でもつくらせなかった。理由は「女性は、虫歯を治療して見栄えがよくなると売春する」といったデタラメの羅列であった。浩美さんは、その女性観に現在も憤っているが、私から見ると、施設は入所者が医療機関と接触することを避けていたものと思われる。

 医療費も眼鏡代も生活保護費で賄われるため、施設には全く負担をもたらさない。ただし、施設に対する利益は全くない。医療機関が施設の実態を知れば、入居者の減少や施設の摘発につながる可能性も皆無ではない。

 施設責任者は、1ヵ月に1回だけ、100円のハンバーガーを人数分買ってきて、温かなハンバーガーを入所者全員に食べさせて喜ばれていた。まるで故事成句の「朝三暮四」である。また、入所者の一部を特別な“仕事”に従事させていた。浩美さんも“仕事”を任せられていた。

 その内容は、「施設に入所している約80人全員の生活保護費を銀行で引き出し、施設に持ち戻る」というものだ。入所者を分断して施設に反抗しなくするための人心掌握術として機能すると同時に、他人名義のキャッシュカードで現金を引き出すという違法行為も、合計約1000万円にもなる現金を持ち運ぶ危険も、入所者に押し付けることができる。「一石二鳥」どころではない巧妙さだ。

施設の脱走に成功
友人に助けられて現在に至る

 もちろん、感心している場合ではない。浩美さんは数回にわたり、現金を背負って自転車で施設に戻る途中、後を尾けられるなどの危険な経験をした。

 33歳のとき、浩美さんは施設を脱走することに成功した。その後は友人たちに支えられて、関西の都市で単身での生活保護生活を開始し、現在に至っている。同時に、精神障害者保健福祉手帳・障害基礎年金も申請し、いずれも受理された。それまで申請しなかったのは、3歳下の妹が「結婚できなくなる」と両親が反対したからだった。その妹は、浩美さんが施設にいた間に結婚していた。両親は、妹の結婚相手の家族に「姉は出家して尼寺にいる」と説明していたということだ。

「妹が結婚する権利の前に、私の生存権が侵害されていたってことですよね」(浩美さん)