近藤久禎氏(上)、小早川義貴氏(下)

 そんな自然災害大国・日本で、大きな災害の度に出動し、私たちを助けてくれる上に、新たな課題を見つけ出しては解決策を探って備え、災害への対応能力を高めてきたのが「DMAT(ディーマット)」 。「災害急性期に活動できる機動性を持った トレーニングを受けた医療チーム」であり、災害派遣医療チーム Disaster Medical Assistance Team の頭文字をとってDMATと呼ばれている。

 2005年の発足以来12年間で、隊員数は1万1418人となり、去年の熊本地震では、24時間以内に医療支援を行うには十分な2000人を派遣することができた。

果たして、今回の九州北部豪雨では、どのような教訓がプラスされたのだろうか。DMATの牽引者の1人、近藤久禎氏(国立病院機構災害医療センター教育研究室長、厚生労働省DMAT事務局次長)、ならびに小早川義貴氏(国立病院機構災害医療センター、災害医療部福島復興支援室)に話を聞いた。

 小早川氏は、前日に、九州北部豪雨の被災地から戻ったばかりだった。

新潟中越地震をきっかけに
日本DMAT誕生

 日本DMATの誕生は、阪神淡路大震災から10年目の05年4月。

 前年に起きた新潟中越地震において、阪神淡路大震災で挙げられていた反省点の数々が活かされることなく、24時間以内に現地で活動した医療チームがわずか2チームだった事実を重く見た、当時の小泉総理の号令によって構築された。

●阪神淡路大震災の反省点

 ・地震発生から10~12時間以内に現地に入れた医療支援チームはいなかった
 ・多くの病院が倒壊し、傷病者を収容する施設が足りなかった
 ・情報の把握と共有がなされなかった(ある病院には患者が殺到し、医療従事者が足りず大変なことになっているにもかかわらず、別の病院は暇という状況があった)
 ・広域医療搬送がなされなかった(ヘリコプターで緊急搬送を行った病院はわずか1ヵ所。搬送すれば『避けられた災害死』500名)