先日、宮城県のある大学で、産学協同の震災支援センター立ち上げの開所式に私は参加した。式典が終わると同時にサイレンが大学構内で鳴り響く。

「ただいま震度9の地震が宮城県沖で発生しました。学生、職員は避難場所へ速やかに集合してください」と緊急放送が流れる。私も足早に避難所へ向かった。学生さんが数百名広場に集まり、その中には車椅子に乗せられた方も数名いる。しばらくして、「皆さん、今回のように避難終了までに時間がかかっては倒壊した屋根や落ちてきたコンクリートで命を落とします。足元はガラスが散乱し、怪我をして取り残された人がいないか確認しながら……」とマイクを持った学長は防災訓練のための具体的な初動を話される。そのあと学長室に呼ばれた私に、学長は言った。

「学生はダラダラしているようですが、どこを歩いて避難所へたどり着いたかを必ず記憶しています。これが緊急時の初動の判断に役立つのですよ」

「なるほど、からだに緊急時の判断を記憶させるイメージトレーニングですね」と私は答えながら、T市民病院時代、交通事故で運ばれたある少女の出来事を思い出した。

「お疲れ様でした。来週の点滴の指示出しました。昨日当直だったので、今日はこれで帰ります」とT市民病院、外科病棟の準夜勤務の看護師さんへ声をかけたあと、私は帰り支度をして、小雨のふる中、病院の裏口から道路へ出た。

 病院の裏口の前は車一台が通れる程度の細い道で病院の表口に面した大きな道路と三叉路で交差している。私が三叉路の反対側を早足で歩き出したとき、高校生風の男の子が傘を片手に自転車で私の前を通り抜けていった。その後ろを追いかけるように少女が同じように。少女の傘が私の左肩に当たりそうになるほど自転車は私の近くを走り抜けた。そして数秒後、「ギーー」「ガシャン」と後ろから大きな音。振り返るとタクシーが急停止している。タクシーに向かって小走りで近寄ると、車の前に倒れた自転車と傘、そして車のバンパー下に少女が横たわっている。近くを歩いていた男性が少女を引きずり出し、抱きかかえた。

「私はこの病院の医者です。こちらの裏門から救急室へ運んでください」と私は男性へ声をかけ、救急室へそのまま飛び込んだ。処置台に少女を乗せ、私服のままで私は診察した。明らかな外傷はない。しかし、声をかけても肩をゆすっても意識はない。両まぶたを開き、瞳を見ると左右とも瞳孔が完全に開いている。それでも、呼吸はかすかにはある。