元プライベートバンカーで、現在はフィンテック企業の経営者として金融情報に精通する著者が、その知識と経験を初めて公開する『プライベートバンクは、富裕層に何を教えているのか?』がついに発売! この連載では、同書の一部を改変して紹介していきます。

経済規模を考えれば、日本は富裕層が少ない国と言われていますが、最近は富裕層が大幅に増加しているとのこと。今回はその2つの理由を解説します。

増加傾向にある日本の富裕層

 前回紹介したNRIの調査によると、日本の富裕層は近年、増加傾向にあります。2015年の富裕層および超富裕層の世帯数は2000年と比べると約46%増加しており、金融資産の総額も60%ほど増加しています。15年という短期間の割には、相当な伸び率です。

この15年で、日本の富裕層が大幅に増加したわけ(図)超富裕層・富裕層の保有資産規模と世帯数の推移 (2000年~2015年の推計結果)
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 この勢いはまだまだ続くと見られ、クレディ・スイスが2015年に発表した「グローバル・ウェルス・リポート」によると、日本の富裕層は212万人(クレディ・スイスの推計)から、2020年には359万人に増加すると予測しています。
 なぜいま日本で富裕層が増えているのでしょうか?

 NRIによる推測では、この伸びの要因は「アベノミクス効果による株価上昇」と、「相続者の増加」にあるのでは、としています。

◎株価上昇の要因

 株価が上昇すれば株で資産運用をしている人は儲かります。これによって今まで準富裕層(5000万円以上、1億円未満)だった人が、1億円の壁を突破した可能性は大いにあるでしょう。

 また、株価上昇は企業の業績が良い証しです。東京商工リサーチのデータによれば、2015年3月期決済で1億円以上の役員報酬を得た人は、開示されているだけで411人おり、前年比で50人増加したそうです。

 さらに、昨今のベンチャーブームによって、主にインターネットサービス系のベンチャー企業は優れたアイデアとチームを持っていればスケール(規模拡大)しやすい環境になってきており、IPOやバイアウト(会社の売却)によって富裕層の仲間入りをする起業家は、今後増加していくと予想しています。

◎相続者増加の要因

 団塊の世代が被相続人になるようになり、富裕層が増加したことは十分考えられます。仮に10億円の資産を持つ家長が亡くなってその資産が3人の子供たちの家族に承継されたら、相続税を徴収されたとしても富裕層世帯数は3倍に増えます。

 また、2015年1月に相続税の最大税率が55%に増加され、さらに基礎控除が下がったことも富裕層にとっては数字以上の意味があったはずです。

 そもそも政府は「個人に対しては増税、法人に対しては減税」という方針を公言しています。そして実際に相続税増税という決断を下したことで、「今後も国の財政が厳しくなったら相続税を引き上げてくる可能性がある」と推測した人は多いはず。「今のうちに生前贈与をしておこう」と考える富裕層が出ても不思議ではありません。

 また、消費税の引き上げが先延ばしにされ続けている状況も、相続税の増税を示唆する心理的なプレッシャーとして生前贈与に拍車をかけているように思います。

 ちなみに生前贈与は、毎年110万円までなら非課税です。その110万円を超えた部分から段階的に贈与税の税率が上がっていき、4500万円を超えると相続税と同じ55%がかかります(厳密に言えば、一般的な贈与は3000万円を超えると55%になりますが、20歳以上の直系卑属への贈与である特例贈与の場合は、4500万円を超えると55%の税率になります)。

 これは、富裕層からすれば、110万円をコツコツ30年間贈与していけば1人に対して3300万円分を無税で贈与できるということです。家族が3人いるなら、約1億円の贈与ができてしまいます。

 超富裕層ともなると、相続税への影響はたかが知れていると思われるかもしれませんが、たとえば1年に2999万円ずつ何年かにわたり家族に贈与していけば、その場合の贈与税率は45%なので(特例贈与財産用の税率で贈与額が3000万円以下の場合)、相続税と比べると10%ほどの節税効果が出て、なおかつある程度の資産を動かすことができます。

 また、亡くなったときの被相続人は配偶者と子供に限定されますが、生前贈与にはそういった制約がないので、かわいい孫に直接贈与できるというメリットもあります。

富裕層の職業トップ3

 ランドスケイプの調査によると、日本の富裕層の職業で最も多いのは企業経営者で33.6%。2位が医者で9.5%。そして地主を含む不動産オーナーが7.1%で続くそうです。
 これは、私の肌感覚とも一致しています。

 ただし、富裕層となる医者は大半が開業医であり、不動産オーナー(いわゆるメガ大家)も不動産事業を営んでいるようなものなので、事実上、富裕層の過半数以上は経営者であるといってもいいでしょう。

 普段、私たちが目にする「お金持ち」といえばマスコミで取り上げられる芸能人やスポーツ選手などのいわゆる「セレブ」が多いので華やかさばかりが注目されがちですが、それは実態のごく一部を切り取った話にすぎません。

 日本の富裕層のメインストリームである経営者はどのような特徴があり、またどのような課題を抱えているのか。次回からはさまざまなケースに分けて、プライベートバンクを使う富裕層の実態に迫ってみようと思います。