焦らず、冷静に
相続するかしないかを判断しよう
まず、相続には、積極財産というプラスの資産と消極財産というマイナスの資産があって、借金でも消極財産という財産になることをお話ししました。そして、相続人には相続をするか否かの選択権があることを説明しました。
相続人が相続をすると意思表示することを「相続の承認」といいますが、この相続の承認には単純承認と限定承認があります。限定承認というのは「相続によって得た財産の限度においてのみ被相続人の債務および遺贈等を弁済すべきことを留保の上」で、相続の承認をすることです。そして、相続をまったくしないことを相続放棄といいます。
お話では、お父様が亡くなって約1ヵ月です。まず、その債務が事実かどうかを確認して、事実ならその返済可能性も検討した上で、家庭裁判所に相続放棄もしくは限定承認の手続きをされたらどうかと提案しました。
相続放棄は、相続の開始があったことを知ったときから原則3ヵ月以内に可能な手続きです。ただし、一度手続きをすると、初めから相続人でなかったことになるので、たとえあとで積極財産が出てきても相続はできません。
「総合的に考えて、相続放棄もしくは限定承認をするのであれば、私が信頼するNPO“法人後見パプリカ”の仲間の弁護士を紹介しますよ」と付け加えました。
その説明を聞いて、お父様の借金をすべて払わなければならないと思っていた倉科さんの表情がぱっと明るくなり、「思い切って相談に来てよかったです」と軽い足取りで帰っていかれました。
後日、倉科さんから電話がありました。
「あれから金融機関と話をしました。父の借金は事実でしたが、親父が死んだことは知らなかったようです。どうやら老朽化した家のリフォームをしようとして、不動産を担保に300万円ほど借りたようです。でも、リフォームをした形跡がないので、利息は仕方ありませんが、そのお金は使わずに実家の通帳にあるかもしれません。ちょうど実家の売却を考えていたので、よく調べてから、相続の承認をするか相続放棄をするかを決めたいと思います」
相続手続きのお手伝いをしていつも思うのは、「決して焦ってはならない」ということです。まずはエビデンスを集めることが大事です。事実関係を確認し、財産総額を余すところなく把握する。その上で相続するのか放棄するのか、専門家も交えて正しい判断を行うことです。
でも、もし遺言が1枚あれば、お父様の想いが倉科さんに伝わったのではないでしょうか。