ソニー「WI-1000X」は、モバイル用イヤフォンのひとつの到達点として、リファレンスのような存在になるのではないか。ごく短時間だが試してそう感じた。
WI-1000Xは、ワイヤレス+ノイズキャンセルのネックバンド型イヤフォン。新シリーズ「1000X」の一環として「WH-1000XM2(オーバーヘッドバンド)」「WF-1000X(トゥルーワイヤレス)」と共に発売された。シリーズの狙いは、昨年発売された「MDR-1000X」のワイヤレス+ノイズキャンセルの性能を、ほかのヘッドフォンタイプにも展開することにある。
その狙いにぴったりハマった製品がWI-1000Xであり、つまるところ完成度の高いノイズキャンセリング付きワイヤレスヘッドフォンを、そのままネックバンド型に凝縮したような製品だ。ノイズキャンセル付きのワイヤレスイヤフォンは、それ自体が画期的なことでもある。
ほかにない大きな特徴は3つ。まずBluetoothイヤフォンとしては珍しいハイブリッド型のドライバー構成であること。そして密閉カナル型の小さなハウジングにも関わらず、フィードフォワード+フィードバック両方式を使ったノイズキャンセルシステムを採ったこと。さらにスマートフォンのアプリと連携した自動制御機能を持つことだ。
小さな製品ながら新機軸が多く盛り込まれている。多少長くなってしまうが、まずはその説明から。
ハイレゾ再生が可能なハイブリッド型
ドライバー構成は9mmのダイナミック型と、バランスド・アーマチュア型のハイブリッド型。バランスド・アーマチュアの方はソニーの人気ハイブリッド型イヤフォン「XBA-N3」と「XBA-N1」に使われているドライバーと同じだという。この構成でハイレゾ再生に対応する。
Bluetoothのコーデックは標準のSBCのほか、AACとaptX/aptX HD、LDACに対応。ソースとプレイヤーが対応していればハイレゾ相当の再生もできる。加えてソニーのハイレゾ関連技術DSEE HX、S-Master HXを盛り込み、CDクオリティーのソースも、最大96kHz/24bitの解像度へアップスケーリングする。普段聴くソースがハイレゾでなくても、ハイレゾ仕様の恩恵はそれなりにあるということ。
また飛行機の搭乗時など、Bluetoothが使えない状況も想定して、有線接続にも対応している。ハイレゾ再生の可能なプレイヤーであれば「相当」ではなく「本当」のハイレゾ再生もできる。
強い消音効果を生むフィードバック方式
まずノイズキャンセルの仕組みが凝っていて、WI-1000Xは「フィードフォワード」方式と「フィードバック」方式を併用する。ソニーはこれを「デュアルセンサーテクノロジー」と呼んでいるが、要するに集音用のマイクが2つ入っているのだ。特にフィードバック方式を採用したのが見どころ。
ハウジングの外側に集音マイクを置くフィードフォワード方式に対し、フィードバック方式はドライバーユニットと耳の間にマイクを置く。集音する位置が耳に近いので効果も高いが、今まではイヤーカップの大きなオーバーヘッドバンド型のヘッドフォンでしか見られなかった。
なぜなら、カナル型イヤフォンでやろうとすれば、ドライバーからノズル先端までの間の、わずかな空間にマイクを仕掛けなければならないからだ。素人考えでも、それは相当に難しいことはわかる。結果としてのノイズキャンセルシステムの性能がどれくらいかというと、これにはまったく文句がない。
密閉カナル型は耳栓のパッシブな遮音が効く。なぜノイズキャンセルが必要なのかと思われるかもしれないが、どう密閉しても、低域の雑音は透過してしまう。そこをバッサリやってくれるところにノイズキャンセルのメリットがある。
ノイズが増したり、音質に不自然なところがあればいらないということになるが、WI-1000Xがいいのは、そうした雑なところが感じられないところ。加えておもしろいのが、咀嚼音や血流音のような生体ノイズも低減されること。結果として耳栓をしているという閉塞感が薄く、長時間使っても快適なイヤフォンに仕上がっている。消音効果の高さはもちろんだが、特に騒音環境下でなくても使いたいくらいだ。
リスナーの状態を検知し自動制御
快適性をさらに後押しするのが「アダプティブサウンドコントロール」と呼ばれる自動制御機能だ。「止まっている」「歩いている」「走っている」「乗り物に乗っている」の4パターンでリスナーの状態を認識し、それぞれに合わせたモードへ自動で切り替わる。
以前からソニーのノイズキャンセル搭載機には、環境音を解析して最適な効果に切り替える「フルオートAIノイズキャンセリング機能」が付いていたが、加えてユーザーの動きまでも検知するようになったわけである。
要となるのが「Headphones Connect」というスマートフォン用のアプリ。これでアダプティブサウンドコントロールのモードや、細かい設定を調整できる。また、気圧やリスナーの装着状態によって効果を最適化する「NCオプティマイザー」も、アプリから操作できる。
具体的にアダプティブサウンドコントロールがやるのは、再生音に外音をミックスする「アンビエントサウンドモード」の設定を切り替えること。乗り物に乗っている場合は、外音を完全に遮断するが、止まっていたり歩いていたり走っていたりする場合は、各々の状況に合わせた音量で積極的に外音を取り込む。
取り込む外音の特性も、状況によって切り替わる。おそらくオフィスで座っているケースを想定しているのだろう、「止まっている」場合は、人の声が聞こえやすい特性に調整した「ボイスフォーカス」モードに切り替わるのは芸が細かい。
「せっかくノイキャンで相殺した外音を取り込んでは意味ないではないか」と思われるかもしれないが、周囲への注意が必要な状況では、今までノイズキャンセルをオフにしたり、ヘッドフォンを外したりしてきた。そうした余計な操作を省いて快適性を増すと同時に、音を途切れなく聞き続けられるという点で、モバイルオーディオの領域を拡張する技術とも言える。
改めて感じたネックバンド型の良さ
さて、機能説明が長くなったが、実際に使った全体的な印象はどうかと言えば、これはもう素晴らしいとしか言いようがない。消音効果の高さからくる快適性は先に述べたとおりで、ノイズの軽減からハイブリッド型のワイドレンジな特性が一層映える。
また、今はトゥルーワイヤレスに注目が集まっているが、改めてネックバンド型の良さも再認識できた。折りたためないので若干かさばるのは難点だが、ネックバンド型はトゥルーワイヤレスに対して性能面で有利に立てる。
まず左右のチャンネルドロップや遅延に悩ませられないのが良い。左右チャンネルがワイヤードであること、より大きなアンテナを内蔵できることで、音声データの伝送に余裕があるのだ。同じ1000Xシリーズのトゥルーワイヤレス型「WF-1000X」はハイレゾ非対応だが、やはり音声データが大きくなると難しいところも出てくるのだろう。
それにバッテリーの持続時間も長く、約3.5時間のフルチャージで、ノイキャンオフなら約13時間、オンにしても約10時間持つと発表されている。これは標準的なトゥルーワイヤレスより5倍は長い。電力消費も抑えられているようで、15分充電しただけでも70分使用できるというのもいい。
まったくイヤフォンの性能には関係ないが、電話着信時にネックバンドが振動するのもおもしろかった。ただし、この振動が結構強烈で、大抵の電話は急にかかってくるのでビックリする。強弱の設定くらいは欲しいかなと思った。
スマートイヤフォンへの第一歩
しかし、欠点もないわけではない。気になったのは、屋外で使う際の風切り音だ。ウインドノイズではなく、風を感じるたびに「ヒュ~」という共鳴音が鳴る。これはハウジング外側にマイク穴のある同種のイヤフォンではありがちだが、ノイズキャンセルを切っても聴こえてくるから始末が悪い。
しかし、それ以外に欠点らしい欠点は見当たらなかった。3万円台半ばという価格はイヤフォンとしてはたしかに高いが、使ってみるとバーゲンプライスのように感じる。ノイズキャンセルと言えば、消音効果の良し悪しだけが評価されがちだが、そうではないところへ一歩踏み出した「スマートイヤフォン」とでも言えるような製品だ。これから先の展開も楽しみだ。
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著者紹介――四本 淑三(よつもと としみ)
1963年生れ。フリーライター。武蔵野美術大学デザイン情報学科特別講師。新しい音楽は新しい技術が連れてくるという信条のもと、テクノロジーと音楽の関係をフォロー。趣味は自転車とウクレレとエスプレッソ