世界的なビッグクラブとして知られるマンチェスター・ユナイテッドやマンチェスター・シティを育んできた当時のマンチェスターの街は、その他のイギリスの都市がそうであったように、草の根レベルでもサッカーが盛んに行われていた。飯島が研修で訪れたケーキ会社にもサッカーチームが存在しており、飯島は感心したという。

「会社の中にもチームがありますし、地域にもいろんなコミュニティでそれぞれクラブがあるんですね。非常に盛んにプレーをしていました」(同)

 そんな街の中で、サッカーに対する熱量を肌で感じたと言う。

「イギリスのスタジアムは、観客とすごく近いんですよ。それで、応援の仕方が非常に素晴らしいっていうか、いいなって思っていたんです」(同)

 飯島はそうした体験を背景に、サッカーが持つポテンシャルを正確に把握していた。

「世界的なプレー人口も多いですし、人気の面でもナンバーワンのスポーツということで、日本で次にプロ化するサッカーに何かしら関わることができればいいなと思ってはいたんです」(同)

 だから、「カップ戦スポンサーの話がきた時には、これだ!と思ったのです」と、飯島は即断できた理由を話す。ただ、マーケティング上の勝算があったかといえば、「そうではなかった」と明かす。

「(サッカーに関しては)素人ですから、全くそういうことは考えなかった。(サッカーに関するマーケティングでは)全く何もないグリーンフィールド(更地)のような状態ですから、どうなるかも分からなかった」(同)

 にもかかわらず飯島は、3年の契約を結んでいる。

「最初の3年は(うまくいかなくても)仕方がないね。その後の3年は様子見というように考えていました」(同)