理容師になりたい若者が減っている

さらに、理容師の数が少ないのも深刻な問題だ。

先日も、「年間の理容師新規登録者数が2000人を切った」と聞いた。

4000人以上が登録していた2000年頃に比べれば、理容師になりたい若者は、確実に減っているのだ。

同じ髪を切る仕事とはいえ、“カリスマ美容師”がもてはやされ、女性客中心で料金も高めの、美容院の繁盛ぶりとは雲泥の差だ。

――そんな最悪な状況の中で、「ザンギリ」を“繁盛する理容室”にしたい、と思っているオレは世間知らずなのか?無謀なのか?

でも、オレは、理容の腕には自信があった。

事実、所属しているHCA(Hair Cut Association:ヘアカット協会)という業界団体のコンペでグランドチャンピオンになったことがあり、その賞品として、ロンドンの名門理容学校「ヴィダル・サスーン」で2週間の研修も受けてきた。

だが、理容の技術と経営の技術は違う、とさっきの男は言っていた。

「髪を切る技術はアンコ、理容室の経営技術はまんじゅうの皮」だと。

とすると、アンコの旨さには自信がある「ザンギリ」に必要なのは美味しい皮ということになる。

でも、経営技術なんか学んだことがない。

今まで、理容学校や見習い時代を通して、ひたすら理容技術を磨くことに精魂を傾けてきたのだから。

――どうすればいいんだろう。

オレは、客が途絶えた店のソファで、さっきの男が書いていった「お客さまカルテ」を眺めながら、将来の不安に押しつぶされそうになっていた。

氏名:役仁立三 48歳 
職業:映画監督
住所:新宿区四谷二丁目 Yachiyo Hills 101