「経営書で売れてる本はなんですか?」

その夜、オレは紀伊國屋書店に立ち寄った。

昼間の男の話が気になって、本でも読めば何か参考になるかなと思い、経営書コーナーがある3階に向かった。

マイケル保田の『企業戦略の時代』をレジで尋ねると、店員が「ありますよ」とオレを売り場に案内して、文庫本を手渡してくれた。

購入後、フラフラと他の本を見て歩いたが、「金融」「財務諸表」「マーケティング」「貿易」「イノベーション」「ベンチャー」といった、オレには関係なさそうな用語ばかりが目に飛び込んできて、疲れた。

それでも、「経営書で売れてる本はなんですか?」と店員に聞いて、勧めてもらった本3冊をとりあえず買っておくことにした。

再びレジに行くと、5、6人が並ぶ先頭に、今日やって来た元経営コンサルタントで自称映画監督の男がいた。何やら分厚い難しそうな本を買うようだ。

話しかけようかと思ったが、やめた。

自分が髪を切った客ならまだしも、隣で太朗さんが担当した客で、知り合いでも何でもない。

そもそも声をかける理由もなかった。

男はレジで本が入った袋とお釣りを受け取り、オレの前を通り過ぎて行った。一瞬、目が合ったかと思ったが、男は全く気づいていない様子だった。