チェス界のスーパースターが成した「第2の偉業」
これを見れば、抜きんでた才能が、何かに情熱を注ぎ、無駄のない努力を続ければ、すばらしい化学変化が起きるということがよく理解できる。ワシントン・スクエア公園でウェイツキンがうんていに夢中にならなかったのは幸いだ。夢中になっていたら、チェスで世界的なスーパースターにはならなかっただろう。
ところが、そのわずか数年後、20代前半だったウェイツキンは、別のことに興味を示すようになった。といっても、この年代の若者にはよくあることだが。
次に彼が夢中になったのは、瞑想と東洋哲学だった。そしてそれをきっかけに、中国の武術、太極拳に熱中するようになる。
ウェイツキンは武術に魅力を感じ、その魅力ゆえに熱中したが、「チェス界のスター」という世間の注目から逃れられて、ほっとしていた。といっても、その解放感は長くは続かなかったが。
チェスのときと同様、ウェイツキンが武術界のトップへ躍り出るのに時間はかからなかった。類いまれな才能と情熱を備えたこの若者の噂は、あっという間に広まった。人生で2度目の出来事だ。
世界でも有数の太極拳の師範たちの注目を集め、彼らから指導や教えを受けるようになった。そして、この競技を始めてわずか数年で、国内大会で何度も優勝している。「定歩推手」と「活歩推手」の両種目で世界チャンピオンになったのは、30歳になる前だ(推手とは、所定の動作を繰り返すことで、太極拳を高いレベルでこなせるかを競う競技だ)。