AIがあらゆる職場に浸透する日も遠くないかもしれません。そんな時代に、私たちに何よりも必要とされるのが「自分の頭で考える力」です。ベストセラー『地頭力を鍛える』で知られる細谷功氏が、主に若い世代に向けて「自分の頭で考える」とはどういうことかについて解説した最新刊『考える練習帳』。本連載では、同書のエッセンスをベースに、「自分の頭で考える」ことの大切さとそのポイントを、複眼の視点でわかりやすく解説していきます。
AIやロボットが人間の仕事を奪っていく時代
大変な時代、とんでもない時代がやってきました。これまで常に地球上の知性をリードしていた人間の位置付けが、変わる可能性が出てきたのです。それは、言うまでもなく人工知能(以下AI)の飛躍的な発展によるものです。英国のディープマインド社が開発したコンピュータ囲碁プログラムの「アルファ碁」は、「数十年先だ」といわれていた囲碁の世界で、人間のトップ棋士を圧倒して勝利しました。
そして、さらにその後パワーアップし、「自ら学ぶ力」を身につけた「アルファ碁ゼロ」は、その「アルファ碁」に100連勝と完全な進化を見せつけました。そこで有名になったディープラーニングの技術は、今では様々な形で人間のやっていることを凌駕しつつあります。
それは、「膨大なデータに基づくパターン認識の高度化」という形で、人間以外の存在が知性に足を踏み入れたことを意味しています。これは、従来のAIブームでは全く手が届かなかった、人間が突出して持っていた能力である考える力(抽象化する能力)を、人間以外の存在も持つようになってきたということです。
今、世界では、グローバル化よりも自国の利益を最優先に考える保護主義が広まりつつあります。その背景には「移民に自国民の職が奪われる」という危機感があります。
しかし、それよりも量的にもスピードの上でも「圧倒的に」大きな変化が、AIによってもたらされつつあることを見逃すことはできません。「AI国からの移民」という変化のインパクトは、人間同士の「移民か自国民か」等という次元ではないのです。
そんな時代に、私たち人間がやるべきこととは、何なのでしょうか?
皆さんは、どこまで「自分の頭を使って」考えていると言えるでしょうか?
AIやクラウドコンピューティングといったICT(情報通信技術)の飛躍的な発展に伴って、「単に多くのことを記憶している」ことの価値が下がり続けています。
また、人間の仕事の中でも単に定型的な仕事だけでなく、これまでは知的な仕事と考えられていた仕事、特に「知識や経験の量で勝負する」仕事は、次々と機械に置き換わっていくことになるでしょう。そんな時代に人間がすべきこと、必要とされることは何なのでしょうか?
それが「自分の頭で考えること」です。その力を持つことによって、私たちは、より自分らしい人生が送れるようになります。
あなたは、自分の頭で考えていますか?
AIの発展で「仕事がなくなる」と捉えるよりは、「誰がやっても同じ定型的な仕事や単純作業を長時間やる必要がなくなる」と前向きに捉えれば、人間は「人間だけ、しかも自分だけができること、あるいはすべきこと」に集中することができるようになると考えた方がいいでしょう。人間が考え出したAIを、わざわざ人間が不幸になる方向に持っていく必要はないからです。
でも、日常生活や仕事の中で「自分で考える」と言われても、実際には、どのようにすればいいのでしょうか?「あなたは自分の頭で考えていますか?」と聞かれて、「いいえ」と答える人はあまりいないでしょう。
でも、その一方で、きっぱり「当たり前でしょ」と断言できる人も少ないのではないでしょうか。
本連載は、そんな課題やモヤモヤを解消するためにあります。
「知識を詰め込む」記憶型の勉強と違って、考える力を養うのは少し工夫が必要です。記憶型の勉強であれば、多少の巧拙や個人差はあれ、基本的に成果は、時間に比例します。
ところが、本連載のテーマである「考える力」はそうではありません。
「考える」ためのきっかけとそのコツさえつかめば、一瞬にして「世界が変わって見える」ほど、ものの見方が一新され、新しい考え方に変わることもないことではありません。
その代わり、基本的なものの見方や価値観を変えない限りは、いくら時間をかけても、他人から言われても永久に考える力を養うことはできません。 そこが「知識」の世界と大きく違うところです。
本連載は、そのような変化を起こすためのきっかけとコツをつかんでもらうためのヒントを提供いたします。
知識・経験から思考力が問われる時代に
これまで、日本の社会や教育の世界の価値観は、ある意味で考える力を抑圧する方向にありました。つまり、学生時代には知識の多寡を試験で問われ、偏差値という「1つの物差し」で序列がつけられました。
また、会社に入れば入ったで、序列にしたがって上司や顧客に言われたことに疑問も持たず、文句も言わずに「効率的に」こなす人間が評価されてきました。表面上は「個性的に」とか、「自分で考えて」とかといっても、「効率的にこなす」ためには、「自分の頭で考えない」人の方が評価される仕組みだったのです。
世の中には、下の図で示す4通りの人がいます。それは、(1)「知識も思考力もある人」、(2)「知識はないが思考力はある人」、(3)「知識はあるが思考力はない人」、(4)「知識も思考力もない人」の4タイプです。
上の図表は、横軸が知識や経験があるかないか、縦軸が思考力があるかないかです。
(1)「知識もあって思考力もある」左上の人(ある意味では万能のスーパーマンですが)が仕事でも高い実績を上げるのはある意味当然として、次に、日本の社会で高く評価されてきたのは、図の左下の領域の主に(3)「知識はあるが思考力はない」人でした。
意外に思われるかもしれませんが、特に組織においては典型的な「優秀な人材」とは、自らの頭で考えた独創性を発揮するより、「これまでやってきたこと」や「欧米の最新事例」をいち早く覚えてそれを実践する人だったからです。その典型的なコースは、「有名大学」を卒業して「有名大企業」で一生を終える人たちです。
ところが、時代の変化によって重要な軸が「横軸(知識・経験)」から「縦軸(思考力)」に変わりつつあります。
端的に言えば、左下>右上だったのが、右上(知識がない分をAIが補う)>左下という価値観の変化が、徐々に進行しつつあるということです。
もし、今あなたが左下にいるのであれば、左上に行けるように。もし今あなたが右下にいるのであれば、右上に行けるように。どうすれば、そのような変化を起こせるのか、そのヒントを本連載でつかんでください。
考えるという目に見えない行為を解説していくための本連載のアプローチですが、徹底的に「考えていない」状態と「考えている」状態を比較することによって、どうすれば考えられるのかを浮き彫りにしていきます。
また、簡単な比較表を提示することで、皆さんが自らの状態をチェックするとともに、どのようにして「使用前」から「使用後」に変わっていけるのかを伝えたいと思います。
さらに、今後の実践に役立てられるように、日常的にいかにもありそうな会話や練習問題をちりばめていますので、基本原理の紹介の後に「自分の生活に役立てるとしたらどうなるか?」ということを自ら考えながら読み進めてください。
本連載を読み終えた皆さんが、身の回りの事象を読む前とは違った視点で捉え、これまでとは違った新しい世界を見出してもらえれば、筆者の目的は達成されたことになります。
それでは、新しい世界への第一歩を一緒に踏み出しましょう。
ビジネスコンサルタント、著述家
1964年、神奈川県生まれ。東京大学工学部を卒業。東芝を経て、日本アーンスト&ヤングコンサルティング(株式会社クニエの前身)に入社。
2012年より同社コンサルティングフェローに。ビジネスコンサルティングのみならず、問題解決や思考に関する講演やセミナーを国内外の企業や各種団体、大学などに対して実施している。
著書に『地頭力を鍛える』『まんがでわかる 地頭力を鍛える』(以上、東洋経済新報社)、『「Why型思考法」が仕事を変える』(PHPビジネス新書)、『やわらかい頭の作り方』(筑摩書房)などがある。
※次回は、10月31日(火)に掲載予定です。