英国医師会誌は毎年、クリスマス号にユーモラスな研究を掲載する。2016年の文献を紹介しよう。お題は「アスパラガス問題」である。
日本人にはピンとこないが、アスパラガスを食べた後は尿の臭いが強烈な悪臭に変わるらしい。ところが、その悪臭を感じる人と感じない人がいる。それどころか、フランスの作家、マルセル・プルーストはアスパラガスについて「おとぎ話のように、私の粗末な尿瓶を香水瓶に変える」と書いている。マドレーヌ効果ならぬアスパラガス効果で、尿の臭いが香水のように変化する、というのだ。
さて、このアスパラガス問題、「臭い」「臭くない」と1890年代から議論が続いていたが、21世紀に入りようやく結論がでた。
米ハーバード大学公衆衛生大学院の研究チームは、6909人の成人男女に対し「アスパラガスを食べた後の自分の尿は、独特な臭いがするか」と質問。「とてもそう思う」と回答した人を「アスパラガス尿を嗅ぎ分けられる人」に、その他の回答者は全て「アスパラガス嗅覚障害」と分類した。
当然だが、「私はアスパラガスを食べない」という人は、最初から除外している。
その結果、男性の58%と女性の61.5%が「アスパラガス嗅覚障害」の持ち主だと判明した。およそ5人に3人はこの嗅覚障害を持っている計算になる。プルースト氏は世にもまれな変異の持ち主、ということになるだろう。
この多数派の遺伝子変異を探索した結果、臭いを感知する細胞の遺伝子に871カ所の小さな変異が発見された。身もふたもないが、アスパラガス問題の結論は「遺伝的に臭いを感知できない人がいる」というわけ。
アスパラガスは昔から好まれた食材で、ローマ時代の料理書「アピシウス」にレシピが残っている。研究者は「せっかくの祝日だから、アスパラガス料理を作り親しい人と“臭い議論”を楽しんだらどうだろう」としている。
ただし「勝負デート」を目論んでいる方は、お相手がプルースト氏ではない限り、止したほうがよさそうではある。
(取材・構成/医学ライター・井手ゆきえ)