客観的事実で
自分の未熟さに気づかせる

 このような一連の実験によって証明されたのは、能力の低い人は何かをする能力がただ低いというだけでなく、自分の能力が低いことに気づく能力も低いということである。まさにこのことが、なぜか仕事のデキない人ほど自信を持っていることの理由と言える。

 理解力というのは、物事を理解する能力のことだが、その低さが自己認知をも妨げるため、自分は能力が低いという事実、自分はきちんと仕事ができていないという現実にも気づかないのである。

 B君の場合も、上司の言うことに対してわざと無視しているわけではなく、自分がきちんと仕事ができていないことに気づいていない可能性が高い。だから、「そうですよね」などと賛同しながらも、自分を振り返ることがないのだ。そこに気づきさえすれば、改善が期待できる。

 そうした心理メカニズムを理解したA部長は、営業能力の向上のためにテスト形式の指導を強化することにした。

 いくら口頭で注意したりアドバイスしたりしても、デキないのに自信満々の部下の心には染み込まず、行動が改善されない。「なぜわからないんだ!」という気持ちになって感情的に説教したりしても、本人に自覚がないのだから反発されるだけであり、効果は期待できない。

 そこで、理解不足だということがわかる客観的な証拠を突きつけることで、自分がまだまだ未熟できちんとできていないことへの気づきを促しつつ、仕事力の向上を図ることにしたのである。

 証拠を突きつけるといっても、やり方を間違えてしまうと感情的反発を招くだけだ。そのことを痛感しているA部長は、営業相手に行っている説明事項の理解度をテスト形式で測り、自己採点させてみた。

「自己採点」というところがポイントだ。人から言われるのと違って、自己採点となると、結果を客観的事実として受け止めざるを得ない。

 これを様々な案件について行うことで、B君は自分がどの案件に関しても説明事項をあまりよく理解できていないという客観的事実を受け入れざるを得なくなった。