「伝統」という言葉がつくと
絶やしちゃいけないという義務感が…
周りのみんながやっているから、乗り遅れないように私もやる――誰しも一度はこうした経験をしたことがあるのではないか。仲間外れは怖いものだ。多少ヘンな流行であっても、ついつい乗ってしまうのが人間の性である。
藤井青銅、柏書房、240ページ、1500円(税別)
だが、そうして広まったブームも、時間が経つにつれて一つの風習・行事として根付く場合がある。「伝統」だなんて言葉がついていれば、説得力倍増だ。「古くから伝わるものなんだ、絶やしちゃいけない」という義務感すら覚えさせられる。
著者はここで疑問を抱く。その伝統、本当に古くからあるのか? だいたい「古くから」「昔から」とは一体いつごろのことなのか? いつからなら「伝統」と呼べるのか?
本書『「日本の伝統」の正体』はそうしたモヤモヤを感じる日本の伝統の数々を検証する一冊である。著者は1979年に「星新一ショートショート・コンテスト」入賞を機に数多くのラジオ番組制作に関わってきた名放送作家。脚本家・作家としても活躍し、日本史についての著作も数冊発表している。
目から鱗の逸話ばかりでどこから読んでも楽しいが、日本の伝統に最も馴染み深くなると思われる年末年始や季節の変わり目の行事から見ていこう。
たとえば正月。無病息災などを祈念するため、初詣に行かれる方は多いだろう。この風習、なんとなく大昔からあるような感じがするが、実は誕生は明治中期である。
1872年、東海道線が開通し、川崎大師へのアクセスが容易になる。川崎大師は江戸から見て恵方にあたり、行楽も兼ねて参詣に行く人が急増し、特に1月21日の縁日(初大師)は大盛況となった。