明快な「処方箋」が書かれた本しか売れない
昨今、ビジネス書でよく売れるのは明快な答えが書かれている本のようです。
成功を収めた人が、ご自身の成功体験をもとに具体的な処方箋を提示した本でないと売れない現状が続いているといいます。
私も本を書くようになって長くなりますが、初期のころは精神科医の立場から見た社会分析が求められていました。たとえば、1988年から1989年にかけて起こった宮崎勤事件について、事件の背景を分析してほしいといった要請です。
ところが、ある時期を境に、編集者の方からプラスアルファの注文が入ります。
「背景分析だけでは足りないので、最後の章に『読者がどうすればいいのか』という処方箋を書き加えてください」
処方箋が書かれていない本に対して「だからどうしろというのか」「言いっ放しで無責任だ」という批判的な意見が寄せられるようになったというのです。さらにここ数年は、現状分析さえ省略してしまう傾向に拍車がかかっています。
「ズバリ教えます! 成功する生き方のヒント」
「私はこう生きてきたから成功しました。だから皆さんもそうしてください」
そんな処方箋の部分だけに絞った執筆の注文が増えてきているように感じます。
とはいえ、私は「こうしなさい」と的確な助言を言えるわけではありません。ましてや、かつて自分が考えて行動してきたことが、他の方にも本当の意味で当てはまるかどうかなどわかりません。私自身さえそれが正しかったと断言できるわけではないので、ノウハウとして提示することなどできないと考えてしまうのです。
いまや、本を作る側も読む側も、性急に処方箋を求めすぎていないでしょうか。求められているものが処方箋だからといって、それだけを提示するだけでいいのかという疑問を抱かざるを得ません。