がん性腹水は抜いたら死期を早めるだけ──がん専門医の99%はそう考える。実際、単に腹水を抜くと身体に必要なタンパク質も体外に出てしまい、さらに腹水がたまるという悪循環を起こす。患者は我慢するしかない。これががん医療の常識だった。
ならば、抜いた腹水から身体に必要な成分だけを分離濃縮して、再び体内に戻せないのか。この素直な発想は難治性腹水を治療する「腹水ろ過濃縮再静脈注法(CART)」として実現、1981年に保険適用もされている。しかし「肝硬変の腹水には有効だが、がん性腹水には使えなかった」と東京都・要町病院腹水治療センター長の松崎圭祐氏は言う。
がん性腹水には多くの血球成分やがん細胞が含まれるため、ろ過メンブレン(膜)が直に目詰まりし「無理にろ過するとつぶれた血球成分から炎症物質が放出され、体内に戻す際にリスクが生じる」のだ。がん性腹水の治療は隅に追いやられてしまった。
一方、CARTに可能性を見た松崎氏は製造元と改良に着手。膜の構造やろ過法、目詰まりした膜の洗浄法を考案し、新たに「KM-CART」を完成。2008年からがん性腹水の治療を開始した。その結果は劇的だった。