1990年に重度の免疫不全を伴う遺伝病の女の子に対する人類初の治療例が報告された直後、「遺伝子治療」は一躍、脚光を浴びる。ところが、99年に米国で遺伝子を体内に運ぶウイルス(ベクター)の投与ミスから男性患者が死亡、さらに導入遺伝子のがん化例が報告されたため、遺伝子治療は停滞を余儀なくされた。しかしこの間、より安全なベクターの研究が進み、その過程で一つの新しい考え方が生まれる。それは「ウイルスを治療薬にしてしまおう」(外科医)というものだった。
ウイルスは宿主(たとえばヒト)の細胞に寄生し、自分のDNAあるいはRNAを移植、宿主細胞のエネルギーやタンパク質を借りて自分の大量コピーを作る物質。自前の細胞がないので厳密にいうと「生物」ですらない。寄生(感染)された細胞は、ウイルスの大量コピー過程で自前の遺伝子の設計図が書き換わってしまい、さまざまな機能不全を起こして死滅する。この恐るべき細胞殺傷力をがん細胞だけに向けられないか。ごくシンプルな発想が「がん治療用ウイルス」を生み出したのである。
治療用ウイルスはさまざまな種類が開発されているが、基本コンセプトは「がん特有の分子に反応してがん細胞でのみ大量コピーを始め、がん細胞だけを死滅」させること。近年開発された第3世代の治療用ウイルスは、細胞殺傷力だけでなく、免疫機能を惹起し、がん細胞を攻撃させる機能も備えている。