正真正銘の遺作

 1970年代に入ると、エヴァンスの麻薬渦は一段と悪化します。長年にわたる薬物摂取で肝機能障害が起こります。その影響からか、肥満が目立ちはじめ、時には、指が激しくむくむこともありました。指が通常の2倍の太さになり、隣の鍵盤まで押さえてしまい、演奏が難しくなったこともあります。

 家族と音楽関係者は、治療に専念するよう説得しますが、エヴァンスは活動を止めませんでした。「ユー・マスト・ビリーブ・イン・スプリング」(写真)はじめ傑作を録音します。問題を抱え込んだまま、質の高い仕事をし続けるエネルギーが何処にあったのでしょうか?

 エヴァンスは、最後の最後まで演奏し続けました。1980年8月31日から9月8日まで、サンフランシスコの“キーストン・コーナー”というクラブで連続公演を行います。聴衆は、エヴァンスの健康がギリギリのところまで侵されているとは知るよしもなく、ただただエヴァンスのピアノに酔いしれました。実は、この公演は、本人の知らぬところで録音されていました。

 この時期、エヴァンスは、自分のピアノの技量の8割は失われた旨述べています。もしも、本人が生きていたら、発表を許可しなかっただろうとの説もあります。が、CD8枚組のボックス・セット「ラスト・ワルツ」(写真)には、常に進化を遂げていたエヴァンスの美しきピアニズムが鬼気迫る迫力で収められています。自らの職業・仕事への愛情と執念が溢れているのを感じざるを得ません。エヴァンスは、この1週間後に天に召されます。これが正真正銘の遺作です。