そこで不可欠になるのが、未来の顧客価値を想定した「ストーリー」である。
イノベーションのチャンピオンの一義的な仕事は、アイデアが様々な活動と組み合わさり、それがどのように消費者に受け入れられ、世の中を変えるに至るのかというストーリーを構想することにある。このストーリーがイノベーションにかかわるすべての人々に共有されることによって統合のプロセスが動き出す。
イノベーションは未来の不確実な成果を狙っているのだから、数字を並べたてるだけでは投資も呼び込めない。イノベーションに投資する人々は、チャンピオンの構想するストーリーに投資をするわけである。組織の内外の人々をワクワクさせる力を持つストーリーを示さなければならない。
著者が批判しているインターネット・バブルは、ストーリー不在の「ビジネス・プラン」が暴走した結果である。本書の第四章にあるように、雨後のタケノコのように出てきた新興企業に「顧客に提供している価値は何ですか?それがどのような形で利益につながっていますか?」と聞いたところで、「それは後で考えます。今のところはうちのサイトへのアクセスを増やすことしか考えていません」という答えが返ってくるパターンである。
ストーリーの起点となるのは、著者のいう「価値提案」である。それはイノベーションが創造しようとする顧客価値の本質を凝縮した表現であり、イノベーションの「コンセプト」といってもよい。前に触れた5つの原則のうち、はじめの3つがこのコンセプト創造に振り向けられており、著者はコンセプトの重要性を繰り返し強調している。
しかも、そこには「たたき上げ」ならではの知見が具体的な方法論の形でたっぷり詰め込まれている。価値提案の必須要素NABC(ニーズ、アプローチ、費用対効果、費用対効果の競合との比較)や、提案法である「エレベーター・ピッチ」(1〜2分で伝えられる価値提案の核心部分)などである。とりわけ「エレベーター・ピッチ」をめぐる様々なエピソードは、コンセプトがイノベーションの起爆剤であることを如実に物語っていて興味深い。