イノベーションを起こすには、「創造性」や「発明」が必要だ。だがむしろ、それらを顧客価値の創出につなげ、実際の市場に導入することこそ、はるかに重要で困難だ。作業の完遂に向けては、ひとりの天才には頼れず、多くの異能な人材を共同作業にあたらせ、チームを駆動させなければならない。その実践法をまとめた弊社刊『イノベーション5つの原則』のエッセンスとして、監訳者である楠木建・一橋大学大学院教授のまえがきを紹介する後編!
著者が繰り返し使っている事例に、テレビのイノベーションがある。1927年にテレビを発明したのはフィロ・ファーンズワースだったが、1939年にテレビ放送の仕組みを作り、消費者に向けた放送を始めたのはデビッド・サーノフだ。サーノフはテレビやカメラといった機械だけでなく、放送局、番組コンテンツ、広告を束ねた一つの産業を構築した。ファーンズワースが「発明者」だったのに対して、サーノフは「イノベーター」だった。
「発明王」と言われたトーマス・エジソンが真の意味で巨大な存在だった所以は、彼の仕事が発明にとどまらず、イノベーションまで一貫していたことにある。エジソンの代表的な発明である電球にしても、実用的な送電システムによる電力の供給がなければイノベーションとはなり得なかった。エジソンが設立したゼネラル・エレクトリック(GE)は、発明なりアイデアをイノベーションまで昇華させる統合装置であった。ここまで踏み込んだところにエジソンの凄味がある。
イノベーションに向けてアイデアや様々な活動を統合していくリーダーを、本書では「チャンピオン」と呼んでいる。本書で多くの個人名が出てくるのは、チャンピオンがイノベーションでもっとも重要な役割を果たすという証左である。
イノベーションは定義からして不確実で未知のものを扱うだけに、客観的データに基づく意思決定や指示だけでは統合プロセスが機能しない。ここがオペレーションとは決定的に異なるところだ。
既存の製品をいかに効率的に作るかという製造技術の選択問題であれば、歩留まり95%と80%を比較して、コストを勘案しても前者を選ぶ、という明確な基準に依拠できる。しかし、イノベーションのチャンピオンには、そうした客観的な物差しのない世界で、自分なりの基準で物事を判断するセンスが求められる。そうしたセンスは究極的には直感や好みとしか言いようのないものに根ざしているにしても、それだけでは主観にとどまってしまい、人々は動かないし、プロセスを駆動できない。「自分が面白いと思っていても、世の中の消費者がついてこなければイノベーションとはならない」というのが著者の主張の根幹にある。