小泉政権時に
陰に日向に奔走

 その最たるものが、発足時こそ、「日銀の地位を一気に押し上げた」と言われていた「金融庁」を、最終的には財務省が支配したことであろう。また、かつての元次官の天下りポストの定番で、1度は失った日本たばこ産業(JT)の会長職も2014年に取り戻し、丹呉泰健・元財務次官が就任した。

 そして、接待不祥事で壊滅的な危機に陥っていた財務省が再び攻勢に出たのは、“影の大蔵族”といわれた小泉純一郎政権時代だ。官邸の意思を具現化する形で、財務官僚たちは陰に日向に奔走した。

 小泉元首相が「聖域なき構造改革」の一貫として、「三位一体改革」を推進していた際にも、小泉元首相の強い意志に沿いながら、財務官僚はその宿願である「財政健全化」に関連した政策を次々と実現させていった。

 その時、総理を筆頭事務秘書官として5年間も補佐し、官邸のあるじ的な存在だったのが丹呉・現JT会長である。丹呉の同期には、杉本和行・現公正取引委員会委員長がいた。2人の優秀さは入省時から群を抜いており、それまでの慣例だった「1期に1人次官」がこの期で崩れることは早くから予期されていた。そして予想通り、2人とも次官を務めた。

 当時を知る官僚は次のように振り返る。

「丹呉さんが官邸から戻ってきたとき、ポストが空いていなくて一時的に理財局長に据え置かれた。理財局長から次官になるのは、今も昔もあり得ないのですが、もし今回、丹呉さんが理財局長だったら、もっと違う結果になったのではないかと時々思います。もちろん歴史に“もし”はないのですが…」