「しかし、あなたまでがこんなところに流されるとはね。身から出たさびってわけか。私はあなたのこと、結構買ってたのよ」

 優美子が小声で言ってため息をついた。

「そうは思わない。室長の言ったことも一理ある」

「前のチームの末路は知ってるでしょ。国民に対する目くらまし。税金の無駄遣い。行きがかり上、研究チームは作ったけど、誰も本気では考えていなかった。10年以上にわたる仕事も誰も振り返るものもいない」

「俺たちがいるじゃないか」

「ゴミ箱を漁るわけね。前のチームがさらい残した」

 今度は森嶋がため息をついた。

「ひどい言い方だ。きみらしくもない」

 「あなた、ひょっとして何か知ってるの。あなたがいちばん、落ち込んでてもいいはずなのに」

 優美子が改まった表情で森嶋を見た。

「今は政府もあまり乗り気じゃないかも知れないが、すぐに本気にならざるを得ない状況になったらどうする」

 根拠はなかったが、ここ数日のことを考えると、思いもかけないことが起こりそうな気もする。

「やっぱり何か知ってるのね。あなたには話す義務があるわよ」

「知ってるわけじゃない。単なる想像だ。現在の日本の状況を考えてみろよ。GDPの3位転落、数十年続いてきた貿易黒字の赤字転落。失業率、生活保護者の急増。少子高齢化社会には抜け道が見つからない。国民も政府も疲弊し切っている。今のままじゃ現状を維持するのが精いっぱいだ。いや、緩慢な死を待つだけだ。こういう状況のとき、過去の日本じゃなにをした」

「平城遷都、平安遷都、江戸幕府、現在の東京があるのも京都から都を移した結果」

「首都移転だ。国民の意識を変え、新たに出直すにはいちばんいい方法だとは思わないか。外国にも転機を迎えた国が、より前に進むために首都を変えた例はいくらでもある」

 ブラジルのリオデジャネイロからブラジリア、オーストラリアのシドニーからキャンベラはその例だ。計画的な美しい首都を作った。

「馬鹿げてる。東京は東京なのよ。それに、いくらかかるか知ってるの。前のチームの試算では、ざっと20兆円。そんな無駄金が日本のどこにあるというの。さんざん、無駄を削らされてきてるのよ」

「無駄な金じゃないだろ。そのために新しい仕事が生まれ、経済の活性化につながる。それより、国民の意識が変わる」

「マイナス面のほうが多いわ。やはりあなた、他に何か知ってるんでしょ」

 優美子は森嶋に向けた目に力を込めた。

「あなたが、こんなに落ち着いていられるの、絶対におかしい。やはり何か他にあるはず」

「切り替えの早いたちでね。それだけさ」

「まあいいわ。その気になったら教えて。私も早く頭の切り替えがしたいの」