中央の真ん中あたりで手が挙がった。
「首都移転なんて、本当にできるんですか」
「君はどう思う」
「分かりません」
「そんな疑問を持ちながら仕事をやって、上手くいくと思っているのかね」
「前の準備室は立ち消えになってしまいました。今度も同じ経過をたどるんじゃないですか」
「私もそう思います。前の準備室は単にポーズだったという噂もあります。私たちは無駄に時間をつぶしたくありません」
「本物の各省のトップが送られてきたらしい。エリートらしい考えだ。やる前からすでに結論まで出している。10年前と現在の状況を考えろ。変わってないのは、永田町と霞が関だけだ。世界も日本も、そこに住む人たちの心も、取り巻く社会状況も経済や技術や自然環境も大きく変化している。その変化を正確にとらえ、社会に合った最適な方向を見つけ出し、実践していくのが我々官僚の役割だ」
村津は自分を見つめる若い官僚たちに視線を向けながら言った。
「きみたちに言っておく。これからやるのは、首都機能移転準備室でもなく、首都移転準備室でもない。首都移転実務室だ」
村津は強い意志を込めた口調で言い切った。
全員の視線は村津に固定されたままだ。
森嶋は優美子の表情を盗み見た。村津に視線を向けてはいるが、その顔からはなにも読み取れない。
「1年でまとめるように言われている」
小さなどよめきが上がった。あまりに短すぎる。
「2年と聞いていますが」
「ゼロから始めるんじゃない。前のチームが一応の結論を出している。私たちはもう一度それを見直して、さらに具体的なものに仕上げていく。ひょっとして実践していく。つまり時間はないということだ」
村津は再度、若い官僚たちを見渡した。
「決して資料の中に埋もれる机上だけの仕事じゃない。日本の歴史に残るものになる」
そのとき、ほとんど同時に半数以上の者がポケットに手を入れた。
「注意しろ。ドスンと来るぞ」
遠山の言葉が終わらないうちに細かな振動が伝わってくる。
「地震だ。かなりでかいぞ」
半数の者が立ち上がった。
森嶋は座ったままだった。揺れている。しかし実感がわかなかった。
優美子はやはり座ったまま不安そうな表情で辺りを見回している。
「震度5、マグニチュード4。震源の位置は南関東地区。地震の深さは20キロメートル。この庁舎は問題ないから落ち着いて」
遠山が携帯電話を出して読み上げた。
携帯電話による緊急地震速報だ。全国4000箇所以上に設置された地震計のデータを気象庁が集計し、揺れを感知すれば即座に配信される。森嶋も携帯電話の契約時に勧められて入ったが、最近は頻繁に鳴るので切ってある。
揺れは数秒続いたが引いていった。
全員が席に戻ったが、まだ揺れの余韻が残っている。