いま最も注目を集めている現代アーティストの小松美羽氏。作品は銅版画、アクリル画、焼き物への絵付けなど多岐にわたり、近年はライブペイントにも力を注いでいる。5/5(土)に中目黒・正覚寺でのライブペイントを控えた小松氏のライブペイントについての考え方を話題の新刊『世界のなかで自分の役割を見つけること』から抜粋してお伝えする。

小松美羽(こまつ・みわ)
現代アーティスト。1984年、長野県坂城町生まれ。銅版画やアクリル画、焼き物への絵付けなど幅広い制作スタイルから、死とそれを取り巻く神々、神獣、もののけを力強く表現している。2014年、出雲大社へ「新・風土記」を奉納。2015年、「天地の守護獣」の大英博物館日本館永久展示が決まる。2016年より「The Origin of Life」が4ワールドトレードセンターに常設展示される。2017年には、劇中画を手掛けた映画「花戦さ」が公開されたほか、SONY「Xperia」のテレビコマーシャルに出演。

ライブペイントはつながるアート

 私はライブペイントをたびたび行っている。

 巨大パネルや屏風などに向かって、一時間ほどで一から絵を描いていく。白の袴姿で、祈りを捧げてから描き始めるのは、ご神事のようなものだと思っているからだ。

 パフォーマンスアートは、私のオリジナルでもないし、最近のものでもない。1950年代の日本で「具体」というパフォーマンスアートが生まれ、即興で足で描くといった表現をしていた。特にアメリカで高く評価されていて、具体アートの白髪一雄さんの作品は世界のコレクターに支持されている。

 アメリカのジャクソン・ポロックのアクションペインティングもパフォーマンスアートの一つだし、キャンバスを切り裂いて、「空間概念 期待」という作品をつくり出したルーチョ・フォンタナも、パフォーマンスアートの大先輩だ。

 かねてからそういった作品を見たり、資料を読んで勉強していたけれど、実際に自分が人前で見せながら描くとなると、想像以上に興奮した。

 初めてのライブペイントは2013年。福岡の大濠公園能楽堂で、空海劇場2013からコラボレーションのオファーがあったときだ。

 「能舞台で演舞に合わせて絵を描き、舞が終わったと同時に描き終わって舞台が暗転」という段取りも決まっていた。観客はすごい熱気で、失敗は許されない。

 本来は偉い先生用の、「鏡の部屋」という集中できる控え室をお借りして出番に備えたのだが、緊張のあまり、私はそこで吐いてしまった。

 「あれ? 意外と私、繊細なんだな」とびっくりしたが、舞台に出るとすっと治まっていた。

 大陸から仏教文化を持ってきてくださった真言宗の空海さんにちなんで、同じく大陸からやってきた獅子文化、狛犬を描いていった。

 見てくれている人の集中やエネルギーが、そのまま絵に宿る気がして、「こういう表現方法もあるな」と発見した気分だった。

 それからライブペイントを個展で行ううちに、見てくれる人たちと自分のエネルギーで、一枚の絵ができていくような手応えを感じ始めた。

 だんだんと、「みんなと一緒に描いた作品を、神に捧げる」という意味で、描く前にまず瞑想し、マントラを唱えるようになり、私にとってライブペイントはご神事のようなものになっていった。

 とはいえ限られた時間で描いているから、真っ白だった袴は手についた絵の具をなすりつけるために巨大なパレットの上で転げ回ったみたいに汚れるし、手はもちろん、顔も足も絵の具まみれだから、白装束という感じはなくなってしまう。

 しかし私の気持ちとしては神聖なものだ。秋田のなまはげと一緒に描いたり、すべてをつなげる大和力で、面白い試みもしている。

 いろんなことをして、絵を見てくれる人たちと関わりたい。いろんな人に、絵に関わってほしい。その想いは、年々強くなっている。そのために、ライブペイントをやっているところもある。

 私が個展会場に顔を出すのも、見てくれる人と関わりたい気持ちがあるからだ。すごく真剣に絵を見ている人がいると、嬉しすぎて恥ずかしくなる。

 何より絵を通して別の世界を見てもらう邪魔はしたくない。だから顔を出すといっても会場の外、出口の辺りにいることが多いが、見終わって出てきた人には自分から話しかける。

 長野の個展だと県外からきてくれた人に、「おいしい蕎麦屋はここだから、行ってみたらどうですか」とお勧めし、「小松さんって観光案内もしてるんですね」と笑われる。

 私はアートを、もっと身近なものにしたい。みんなのものにしたい。アートは言葉がいらないから、語学なんて関係ない。ニューヨークでライブペイントを行った際も、多くの人とつながることができた。

 人をつなげていく大和力を、これからも発信したいと考えている。