移転チーム結成後、最初の日曜日、森嶋と優美子は銀座に出た。

 2人は帝都ホテルのロビー、喫茶スペースにいた。

 森嶋が植田に聞いた話をすると、優美子がジョン・ハンターが泊まっているホテルに行ってみようと言い出したのだ。

「高いんでしょうね」

 優美子はあたりを見回した。

 正面にフロントがありロビーが一望できる。

「シングル1泊4万円だ。スイートは30万はするらしい。ユニバーサル・ファンドはスイート2部屋とダブルを10部屋。ふた月借りたそうだ。正規料金ではないとしても、かなりな額になるってことはたしかだ」

「ジョン・ハンター率いるユニバーサル・ファンド。国家の潰し屋とも言われてる」

 優美子は歌い上げるように言った。

「次の標的を日本に据えたわけか」

「まだそうとは決まったわけじゃないでしょ。アジアの拠点として、とりあえず日本に来た。アジア地域では、いちばん快適に暮らせる国だから」

「本気でそう思っているのか」

「日本国債を買い占めるつもりかしら。そんなバカはしないわよね。日本はすでに破綻に向かって突き進んでるのだから。紙くずになるものを買ったりしない」

「元財務省のキャリア官僚が安易に口にする言葉じゃないね。空売りってこともある。ただしそれには、よほど確実な何らかの情報がいる」

「自分たちの儲けのために一国を破綻させることも辞さない集団。私には理解できない」

 国の破綻はそんなに抽象的なものではない。その裏でどれだけ多くの国民が悲惨な目にあっているのか。

「日本には毎年3万人を超える自殺者がいる。その中の半分以上は経済的理由が占めているそうだ。意図的に国家を破たんさせるのは、戦争を仕掛けるのと同じだ」

「でも、そうと分かっていながらそうなっていくのは、その国の指導者の責任が大きいわよね。政治家にその自覚があるのかしら」

 経済戦争、森嶋の脳裏にアメリカ時代に指導教授の言った言葉が浮かんだ。

「21世紀の本当の戦争は武器を持たない戦争だ。経済戦争。それも実際に札束が飛び交うものじゃない。インターネットとパソコンを使った情報戦だ。情報操作も行われるだろう。血も見ないし、肉体的な痛みも伴わない。しかし、血を流し痛みに苦悶するのと同じ様に悲惨な事態が起こる。一国が経済的に破綻する。裏では戦争に匹敵する悲劇が起こる」

 確かにその通りだ。そしてその見えない戦争は、現在も世界中で起こっているのだ。

「何としても我々の手で阻止してみせる」

 森嶋は強い意志を込めて言った。